2005年03月23日

福岡西方沖地震

この度の福岡西方地震では、いろんな方々からお見舞いの電話やメールをいただき、
この場をかりて心からお礼申し上げます。

参りました! いやあ、怖かった!
不意の事、天災はすべて不意に来るものですが
唖然として立ち尽くしてしまいました。
福岡に住む私自身、福岡にだけは、絶対に地震は来ないと確信していましたので
エッ、何でぇ…!と、ほんとショックでしたね。
地震の後で怖さがじわじわと襲い、余震の度にドキドキしている現状、
臆病者の私には心臓に悪く、中越地震の方達の大変さが少し解ったような気がします。

皆さんニュースで、福ビルのガラスが地上に多数落ちてる場面を見られたのか
開口1番、ガラス大丈夫? ガラス大丈夫だった?と心配の問い…
話の最後で、やっとケガはなかったかと聞かれる始末、 
冗談で、おいおい‥先に身体のこと心配してくれよと笑ってしまった。
私の方は不幸中の幸いか、お陰で財産のガラスが1枚も割れなくて済みました。
ガラス専用棚に入れていたせいか無事でしたけど、
聞くところによると、棚以外のところに立て掛けてるガラスが、みんな割れたそうです。

しかし、福岡は岩盤がしっかりしていて建物などの被害は、
都市部にしては、表面上は少なかったと聞く、見た感じでも被害があるとは見えないが、
ビルやマンション等の内部が大変な状態と聞く。
新しいビルでも天井が落ちたり、棚や食器類などが倒れ、
マンションなどは、上の階より水漏れがあり、悲惨な状況らしい!
知人の部屋も同様に、水漏れで大変と聞く…
時間が立てば立つほど被害が増える現実 。
思った以上に被害は大きい、余震は相変わらず続いている。
初日の夜は、やはり心配で眠れなかった。

油断は禁物!

と、私は地震のことを云ったつもりが、腹立つニュース!
とんでも無い、人の災難につけ込み、点検を装い泥棒する点検泥棒や空き巣が出たとニュースで知る。
許されない事です、絶対やめて欲しい/怒りが爆発/ふざけるんじゃないと憤慨。


投稿者 TT : 12:05 | コメント (0)

2005年03月17日

ステンドグラスへの想い12 (Dancing)

dance.jpg
“Dancing”/喫茶しはら/福岡市博多区/1985


先日、10年来の付き合いがある、月1回のB型会という飲み会に出席。
(念のため、私自身はB型ではないし、ホントは酒があまり飲めないのです。)
ここのところサボっていて久し振りの出席だった(本当は念を圧されて…と言いたいが)
本音を云うと、出席した訳は場所(店)にあった。
この場所は県庁の側にある“喫茶しはら”という店である。
20年前、ステンドグラスをやり始めて3、4年の時に、
その当時親しくしていたインテリアデザイナーの紹介だった。
ご無沙汰していたのと、つい最近、偶然にも女房が店に行ったみたいで、
帰って来るなり、

“しはら”に行ったが良いと思う。 あの当時のあなたに会えるよ…、
すごく丁寧につくってるのが良く解る。

この言葉に押されたのと、たまたま偶然が重なり
自分自身の原点を見る、再確認の為にも無性に行きたくなった理由である。

いやあ…、作品自体20年の時の流れを感じ、
その当時の私自身の技量を思い知らされてしまった。
でも、やはり行って良かった、ホントに良かった。

幼稚さ、ぎこちなさばかりが目に付き、恥ずかしかったが、
逆に、かえって新鮮な気持ちにさせられてしまった。

その当時、あまり仕事が無く、決して高価なガラスを使ってはいないのだが、
テクニックも道具も最低限度の物しか持ってない中で、良くつくったものだと感心する。
作品を目の前にした瞬間、当時の私自身が蘇ってしまい、感慨深いものを感じる…
真剣に、真っ向から作品にぶつかっていった、怖さ知らずでエネルギッシュな当時の姿を思いだす。
特に、ダンスで飛び上がる瞬間の女体の美しさを、どう表現するか? 
最も悩み苦しんだ…。
しかし、絶対にイヤラシさだけは表現したくなかった。
真剣に打ち込む純粋な気持ちと汗、健康的で爽やかな色気を表現したかった。
(ちなみに当時、映画フラッシュダンスが話題を集めてる時だったと思う。)

デッサンに凄くこだわり、何度も何度も描き直し、時間をすごくかけたのを思い出す。
私も、若くてエネルギーやパワーが一杯あった。
誇れるものはそれしかなかった。
良い作品、誰にも負けたくない作品を創る事だけに情熱を燃やし、
何にでも向かっていく、ハングリーで飢えて牙を研いでいた自分がいる。
異常なほど製作に打ち込むばかりに、作品を作り終えた後は、
体力も消耗、エネルギー全てを使い果たし、必ず寝込んでいた。
2週間くらい、何もしたくなくて、ガス欠、腑抜け状態。

SGへの想い1で書いたように、熱くなればなるほど、側に必ず犠牲者が居るわけで、
それが身近な家族であり、一番の犠牲者である女房の言葉は重い。
私にとって最良の理解者だと思う(感謝)。
しかし、きつい辛口の評論…グウの音もでない。

今は多少、年もとったし、若い時程の体力とエネルギーは無くなったかもしれないが、
情熱の火だけは、まだ少しだけは残っている。
前向きにチャレンジだけは、何時でもしていたいと思う。
若い時と違い、力ではなく、いい味がだせる作家に近づきたいと思う今日この頃。
原点を見ることで、見えてくるものがあるのを知りました。


投稿者 TT : 14:25 | コメント (1)

2005年03月07日

火の車

tanpopo.jpg
たんぽぽ  としき作

もう春が、すぐそこに来てますね…

いやあ! 
本当に申し訳ありません。
今回、いろいろと雑事で忙しくて、Blogサボってました。
私にとって大きな出来事なので、ちょっと、その事に専念してました。
近々ご報告出来ると思います!


私の日々の楽しみのひとつに、朝日新聞の天声人語があります。
ほとんど毎日読んでると、結構勉強になります。
3月5日の天声人語に、草野心平が居酒屋「火の車」を開いた話が出ていた。
(思い立ったのも生活が火の車だからだった)
「火の車の歌」
「きのうもきょうも火の車。道はどろんこ。だけんど燃える。夢の炎」。


何故、この事を書こうと思ったのか、
全然違うお店ですが、同じ店名の居酒屋「火の車」に、偶然縁があり、
男(50〜60才)3人、隠れ家的に気に入って利用させてもらってる。
正直云って、3人共、この店名と気さくで愛嬌のある胴回り1m30のマスターが気に入り、
最初から大いに盛り上がってしまいました。
私を除いた他2名は、楽しかったのか飲み過ぎてしまったそうです。
1名は別れた後、千鳥足でやっと家に帰り着き、
あくる日は二日酔いで仕事にならなかったと、後日報告あり(おそらく山の神の角は…etc)。
この店は変わっていて、居酒屋は居酒屋でもフレンチ居酒屋、
けっこう料理がリーズナブルで美味しいのです。
セットを頼むと、お酒やワインは飲み放題、お酒持ち込み自由
我々は、焼酎を持ち込み大いに愉しむ。
「火の車」と言う店の名前が気に入ってます。
こんな、ちょっとした気楽な店があるとうれしいものですね。
マスターも商売忘れて、一緒に怪気炎…
美味しい料理とお酒に舌鼓、話しにも花が咲き、
ふところや現状が例え「火の車」でも、こころはリッチ、楽しいものです。


投稿者 TT : 23:02 | コメント (0)