2009年01月28日

ステンドグラスの想い32  太宰府2

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title:「早春の奏R/早春の奏L」  九州国立博物館エントランスホール

前回書いたように私にとって“太宰府”は、とても縁の深い土地です。
2006年初め、建築家のT氏より、思いも寄らない「九州国立博物館」の
ステンドグラスの話が来た時は、正直驚きました。
“太宰府”の地での仕事と云うだけで私自身ワクワクしました。
自分にとって“縁”のある場所の仕事は、とても嬉しいものです。
この仕事を始めてから、いつも“縁”のある土地の仕事は何故か燃えました。
別に人にとっては当たり前の事が、私個人にとっては妙に他人事ではなく特別の事に思え、
自分勝手に“想い”の世界に入り込んでいます。
勝手に浸ってるだけですが、ひとつひとつ攻略する場所(町)を
頭の中で塗りつぶして行く永年の密かな遊びは、私の愉しみのひとつです。
私を育ててくれた町や縁のある土地の仕事の話が来ると、念願の望みが叶った時の
嬉しさと同じで…しばらく喜びに浸っています。

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 インフォメーションの正面 右側に位置します

 
そんな私の念願の仕事が“縁”の深い“太宰府”…恐れ多くも九州国立博物館の
仕事の話でした。
“九州国立博物館”は、“小倉裁判所”の次に国の建築物に入れさせて頂いた
仕事の第2弾でした。
前回の写真で解るように、正直変わった建物です。
最初観たときは、ご免なさい“異様に思えて…”しばらくは馴染めませんでした。
森の中に浮かぶコバルトブルーの曲線の屋根、巷では未だに賛否両論あるみたいですが
内部は国の建物と云うだけに、他の公共の建物とは段違いに凝っていて
高級感があります。
またセキュリティーも厳重で、打ち合わせに伺う度にチェックされ
ひとつひとつ段階を踏んでいく打ち合わせは重みを感じました。
過程としては、2回目の打ち合わせでラフスケッチのデザイン画を提出し
デザイン画のコンセプトを説明させて頂いた。
決定まではしばらく時間が掛かりましたが、決定の話しをいただいて
最終仕上げの本デザイン画にかかる…


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早春の景・機扮Α

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早春の景・供丙検


 デザインで最もこだわったのは、“太宰府”の象徴の花である“梅”を描く事と
早春の爽やかさを表現できたら良いなと思い、早春の風と光と花をテーマにして
デザインしました。
タイトルも「早春の景/機Ν供廚班佞韻気擦督困い拭

今見ると、まだまだ未熟さばかりが目に付いてしまう。
彼処はああすれば良かった…此処はこうすべきだったと課題ばかりが増え、
自信が揺らいでくる。
いつも出来上がった作品を時間を於いて見てみると、悲しいかな未熟な自分に出合う…

投稿者 hisafumi : 23:55 | コメント (0)

2009年01月05日

ステンドグラスへの想い31 太宰府1

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「太宰府」 九州国立博物館


2009年、新年明けましておめでとうございます。

 新しい年を迎えると何故か心改まる気がする…
たとえこれから大変な世の中を迎えようとも、とにかく新しい年を迎えたのだから、
楽しく明るく歩いていくしかない。
お天道様や風も、そして周りの自然さえも、何時もと変わらない、
いつものように温かくそして優しく包んでくれる。
たかが人間事…と自分に言い聞かせる。


 先月、師走の13日に「太宰府」に於いて“日中韓首脳会議”が行われた。
私にとって、「太宰府」という土地は、とても縁の深い所である。
正月と云うと、私にとっては「太宰府」のイメージが強く、正月を迎えると
子どもの頃に住んでいた「太宰府」のイメージが思い出される。
太宰府には物心ついた頃から小学2年生の終わりまで住ごし、
太宰府天満宮の境内は、その当時の子どもにとっては格好の遊び場だった。
参道の太鼓橋の下の池で亀を捕って遊び、雨が降れば楠の大木、根元の空洞の中で
雨宿りをし…牛の銅像や麒麟の銅像には、罰がアタルと怒られようが懲りずに乗って
遊び、社務所の裏山は秘密の遊び場だった。

 正月、参拝客の人混み、いろんな屋台の出店、いかがわしい芝居小屋、怪しげな
薬売り、綿菓子や砂糖菓子に椎の実やバナナのたたき売り、くじ引きにセルロイドの
お面屋におもちゃ屋等…とにかく上げたら切りがない。
たくさんの出店が境内を賑わせていた。
それに何故か,50年前だと云うのにリアルに匂いが忘れられないのは何故だろう…
独特の匂いがあった。 晴れ着とかお化粧やなんやらが混じった独特の匂い…
そして忘れてならないのは、名物の「梅が枝餅」。
地の人間は、当時「焼き餅」と云っていた。 確か1個5円だったと思う。
茶店で梅が枝餅を頼むと、お皿の横に“あんこ”が添えて出ていたが、
何時の頃からか全く無くなってしまったのは、ちょっと寂しい気がする。
時々無性に食べたくなって家族と一緒に食べに行くが、行く店は昔から決まっている、
頑固に天満宮の境内の一番奥にある“大石茶屋”である。
60年近く変わらず、食べるときはここに行く。

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1月8日 毎日新聞朝刊より

1月7日にある、有名な火祭りの「鬼すべ」も忘れられない行事のひとつ。
昔は、町々の四辻事に松明などを燃やしていたが、今は危ないのと時代で
変わってしまったらしい…ちょっと寂しい気がする。
その当時の子どもにとって、“鬼すべ”に出る“おいしゃん”や“あんしゃん”(方言)
達の、勇姿に憧れたものだ。
ちなみに私が住んでいた町名は“連歌屋”と言って太宰府の歴史を感じさせる。
今思うと粋な洒落た町名だと思う。 

肝心なことは、近頃では何時もよく忘れるくせに昔の事は何故かリアルに覚えていると
(女房殿の言葉)、やはり年取ったと云うことかな…

3年前、2006年6月ご縁で「九州国立博物館」の仕事をさせて頂くチャンスに
恵まれた事は,私のステンドグラスの歴史の中に、また一つ刻むことが出来た事は
大きい。

 

投稿者 TT : 10:09 | コメント (0)