2015年10月31日

ステンドグラスへの想い44 宮崎ブーゲンビリア空港

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空港アトリウムフロア全景(上部に作品)


 残すところ後2ヶ月…日中は暖かですが朝夕は少々寒さを
感じる時季になって来ました。

 がんばれ共和国 阿蘇ぼう!キャンプから帰った翌日、8月25日(火)宮崎空港が
「宮崎ブーゲンビリア空港」に名称が変わり、サイン&モニュメントの
完成セレモニーに出席しました。
運悪く台風の接近‥高速道路は通行止め、高速バスは運行中止…ヤキモキする中
やっと飛行機が午後2時半に飛び立ち、ギリギリセレモニーに間に合った。
打合せの時、取付けの時、セレモニーと3回続けて台風に遭遇…!
何故か内心ハラハラしながら覚悟を決めての各出張でした。
思い返すと25年ほど前、宮崎空港の初仕事でも
激しい台風で不安の中、作品を取り付けた事を思い出しました。
よくよく台風に好かれてるんでしょうね。

 今回は、到着ロビー前トイレのリニューアルで作品を作らせて頂いた。
(下記に作品写真掲載/テーマはブーゲンビリア)
有り難いことに25年間に亘リ、リニュアール毎にお声をかけて頂き、
空港ビル内のスタンドグラスは、ほぼ全部作らせて頂いた。
ステンドグラスの一作家としてこんな名誉なことはなく、
ただただ感謝しかない。
 
 奇しくも「難病のこども支援全国ネットワーク」「がんばれ共和国阿蘇ぼう!キャンプ」
とのご縁も、丁度この頃からでお互いに25年間続けて来られた事になる。
その間黒かった頭も、めっきり白くなってしまった…
続けて来た結果、今日では大きな役目を担うようになった責任を強く感じる。


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国内線到着ロビー前 トイレ壁面全体

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女性用トイレ1

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女性用トイレ2

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男性用トイレ

投稿者 TT : 22:13 | コメント (0)

2015年01月09日

ステンドグラスへの想い43 バレエスタジオ

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title:アラベスク     師走完成取付  加藤氏撮影

寒中お見舞い申し上げます。

 皆さん、お屠蘇気分も脱け、そろそろ平常心に戻って来られたと
思いますが、まだまだ脱けない人いますか…

 しばらく本業の「ステンドグラスへの想い」を更新していませんでしたので‥
今年初めの反省として、本業のステンドグラスのコメントを
もっと増やしていきたいと思っています。
今年も1年間お付き合いの程よろしくお願いします。

 私共の仕事(建築のステンドグラス)の面白さは、依頼物件毎に新しいオーナーに出会い、
各オーナーの新鮮な想いに触れ合えることです。
当然、その都度新しいテーマを課題として与えられます。
本業である以上は苦手だと云って逃げ出すことは出来ません…

絶えず未知の領域に足を踏み入れる生む苦しみは「苦行」そのものです。
だからこそ達成したときの喜びは、何ものにも代え難い至福の時です。

 今回の仕事はバレエスタジオ。
全く無知で知らない世界‥抽象的な表現だったらまだ楽でしたが、
余りにもリアルでハッキリしたテーマの為、ホント難しかったですね。
オーナーとバレエの先生とお会いし、想いをお聞きし、スタジオを訪ね…
教室の練習風景も見学させて頂きました。
何時も以上、私自身のイメージを膨らませる為に時間を割きました。
初めて大きいホールでの発表会の舞台も観させて頂きました。
たえず頭と心の中での葛藤でした(いつもの事ですが‥)。
どう表現しデザインしようか…
悩んだすえの結論として、無知な世界、理屈ではなく感覚的に捕らえ表現しよう!
スタジオ尋ねた時の小さい女の子や少女達の一生懸命練習する姿をイメージし
「リズミカルな優しい色合いの作品表現」にしたいと決めました。
 
 バレエの先生から作品タイトルの「アラベスク」
バレエ基本スタイルの一つで、ちょうど作品に描いた姿がアラベスクだと教えて頂きました。
無知さは大胆さと紙一重ですね…
今回のお仕事で、私の中にまた一つ引き出しが出来ました。
これから出逢う未知の作品世界はどんなでしょうか?
楽しみです。

投稿者 TT : 22:48 | コメント (0)

2014年06月06日

第3回ステンドグラスアート・九州会作品展

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九州国立博物館1階 ミュージアムホール


第3回ステンドグラスアート・九州会作品展 テーマ希望
2014年6月3日(火)より6月8日(日)/am9:30〜pm17:00
九州国立博物館1階 ミュージアムホール
全作品点数34点
入場無料

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第3回ステンドグラスアート・九州会作品展も佳境に入り
明日土曜日と日曜日の2日間だけになった。
前回の観覧者よりは少ないけれど、連日盛況!
ホントは、作品展初日にBlogでお知らせする予定でしたが
正直疲れ切って、書く元気がありませんでした‥ご免なさい。

無事に第3回ステンドグラスアート・九州会作品展終わりました。
前回よりは少なかったとは云え3,000人弱の方々に観て頂きました。
ありがとうございました。

投稿者 TT : 21:36 | コメント (1)

2013年04月06日

ステンドグラスへの想い42  地下鉄 九大病院前駅地下通路 

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「春風の奏」/地下鉄“九大病院前駅”地下通路エレベーターホール

先月28日に九大病院前駅と九大病院を濡れないで行ける地下通路が完成した。
開通式があり近くの幼稚園児や出席者と一緒に渡り初め!


私にとっては珍しいステンドグラスデザインかもしれないが、ちょっぴり遊び心で
楽しんで作らせて頂いた。
通路の関係上、“明るいイメージ”と“楽しくなるイメージ”を基本に“春”と“秋”
の季節をデザインをする。
エレベーターホールは“春”/花々が春風とそよぐ風景。
利用する皆さんの目と心に何処まで明るくて楽しい雰囲気を味わって貰えるか‥
少しでも役に立つことが出来れば嬉しい。

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「秋光の奏」/地下鉄“九大病院前駅” 地下通路

通路途中は“秋”/花々と勝ち虫(トンボ)が秋の日差しに戯れる風景。
改札口を出て地下通路に向かうと、最初に目に飛び込んで来るのが途中にあるこの作品。
殺風景な地下通路の中、LEDのライティングボックスに照らされ
黄色が華やかに目に飛び込んで来る。

投稿者 TT : 10:34 | コメント (1)

2012年03月11日

ありがとうございました。

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第2回ステンドグラスアート・九州会(SGA九州会)作品展会場風景

ありがとうございました。
私共の第2回ステンドグラスアート・九州会作品展にご支援・ご観覧頂きました
皆様方に心から御礼申し上げます。
私共の想像を超えた方々にご来場頂き、正直驚きでした。
会期中初日から雪と雨に祟られたにも関わらず
来場者総数8250人!
会場の九州国立博物館と特別企画展「細川家の至宝展」最終週という
タイミングのお陰が大きいと思いますが、SGA九州会の会員全員が一丸となって
頑張ったからだと、私自身思っています。

ありがとうございました。

作品展終わってから一週間経ちましたが、まだ疲れが取れません…
気持ちを切り替え、次に進みたいと思います。


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九州国立博物館内 エントランス風景


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九州国立博物館内 エントランス風景

投稿者 TT : 13:25 | コメント (0)

2012年02月29日

ステンドグラスへの想い40 第2回ステンドグラスアート・九州会作品展オープン

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いよいよ第2回ステンドグラスアート九州会作品展、昨日28日スタートしました。
今回の作品展に向けてメンバーの意気込みは強く、ひとりひとりががんばった甲斐あり
初日の来場者数は1032人。
平日なのに九州国立博物館「細川家の至宝展」の動員力5600人の
お陰が大とは思うが…それにしても九州国立博物館の動員力はすごい!
他の美術館との違いが分かり、ひとつひとつが驚きの連続である。

今日2日目の来場者数1236人。
昨夜からの雪で高速道路や都市高速が全面通行止めになったのに
昼頃からの天気で観客が増える。
たった2日間で前回の第1回作品展の総来場者数をいとも簡単にクリアしてしまった。
反面、週末には「細川家の至宝展」も我々の作品展も最終日を迎える。
考えただけでもゾッとする…恐怖である。
ちなみに先日の日曜日は8000人の来場者だったらしい。
その人数を超えるのは確実らしい…

3日目、雨に祟られ少し少なく来場者数952人。
4日目も雨だったが来場者が途切れることはなかった。 992名。
5日目初めての晴天、暖かく気持ちよかった、土曜日会場は人の波…少しオーバーかな?
来場者は驚き!記録を作る2279人。

今から心配しても仕方がない、無事に何事もなく終わるのを祈るだけである。

投稿者 TT : 20:46 | コメント (2)

2012年01月31日

SGへの想い39 第2回ステンドグラスアート・九州会作品展

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 いよいよ作品展が1ヶ月切り、カウントダウンが開始されました!
今回の第2回作品展は、沢山の協賛とメディアの後援を受け
会場もBigな九州国立博物館のご縁で開催する運びに成りました。
正直責任重大です。
9人の(山口県・福岡県・長崎県・熊本県・宮崎県)SAMURAIが集まり
各々の個性で集います…内3人は女性です(SAMURAIと云ったら少し酷かな…)!

 ステンドグラスアート・九州会メンバー1人1人の意気込みは
前回の第1回目とは違いますし、チームワークは全然申し分有りません。
皆で1年以上前から打合せを重ねて来ました。
メンバー全員、作品を制作しながら“ステンドグラスアートへの恩返し”と、
各自真剣にひとつひとつの課題を分担しこなしてきました。

 九州国立博物館:「細川家の至宝展」の最終週になり沢山の人が来られると思います。
私達も沢山の方々に、9人各々個性の違ったステンドグラスアートの可能性を観て頂き
たいと願っています。
少しでもこの作品展が、ステンドグラスアートの世界に貢献できたら本望です!


投稿者 TT : 00:04 | コメント (2)

2010年12月05日

ステンドグラスへの想い38

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title:無題という名の    4月“てん・天・ten…展”出展作品

仕事がいくつも重なり、慌ただしく動き回ってる間にとうとう10月〜11月は
Blogに穴を空けてしまった。
時間だけは、自分に関係なく当たり前に過ぎてるのに気持ちここにあらず…
(正直言い訳です)
気がついて見れば、もう直ぐ2010年(平成22年)も終り‥速いなあ、もう師走。
現在の心境は、仕事の締め切りに終われ気持ちに余裕がない。
とにかく中旬までは辛抱、この二ヶ月以上飲み会も極力避け…と云うより
自重してる状況。

 上記の作品は、製作途中でしばらく眠らせていた作品を作品展の為に完成させたものです。
私の場合、いつも物語やテーマに沿ってイメージを膨らませデザイン創りをするのですが、
今回は何もテーマ考えず、イメージだけで表現した作品です。
個人的には完成度はイマイチ、少々不満は残りますが作家としてステップアップするには‥
大切な課題だと思っています。


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“蚊” 鉄の作品

季節外れですが見た通りこれは「蚊(モスキート)」、
私の友人が製作した鉄の作品です。
わが家の玄関にも三匹の蚊が壁面と下駄箱の上にいますが、
知人の一部からはかなり嫌われていますね…
以前、彼の作品展会場の壁面と一面に「蚊」を飾ったときは
圧巻でしたね。 悲鳴が結構聞こえていました。
しかしこの作品は、好きなファンが結構いるんですが
本人はなかなか作ってくれません。

投稿者 TT : 00:07 | コメント (0)

2010年10月31日

ステンドグラスへの想い37

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M氏邸(佐賀市内) 階段踊場

10月も今日で最後、夕方から雨…、ゲリラ豪雨とは行かないまでも
激しく降ったかと思えば、しばらく小康状態が続き、また激しい雨に…変な天気だ。
家族3人(女房と娘)で、忙し過ぎてのびのびになってた結婚記念日と
女房殿の誕生日を祝い、+試験合格(女房)を兼ね、久しぶり食事に行く。

此の処忙しすぎて、身も心もリラックスした時が1日も無い…
現状考えるといましばらくは駄目かな?
(ゆっくり温泉に行きのんびりしたい…と切に願望)
Blogも、クタクタでついサボってしまい、とうとう10月最後の日になってしまった。
内容も“がんばれ共和国”のことが続いてしまい、つい本職のステンドグラスのことが
オロソカになってしまった…と深く反省!
その反動か無性にステンドグラスのことが書きたくなった。
ホームページにまだ載せてない作品をと思い、写真の整理をしてると
上記の作品が目に入る。

2005年、丁度5年前に制作した作品で
永年公私共にお付合いがあり、建築の各分野で活躍してる人達とのプロジェクト。

モノクロを貴重に、ブルーのポイントだけでまとめた作品…
此頃多用していたプリズムで“虹”を階段の壁につくる。
人工の色より太陽の光が創ってくれる天然の色のほうが
こころ安らぐ…


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トイレ

ここのお家のトイレは素敵だった。
私自身、何故か気に入ってる空間で、好きな作品のひとつです。
ステンドグラスの色は、個人的には押さえ気味がいい、そしてポイントが決まり感じさせてくれる作品にできあがると、作者としてはうれしいものだ。

投稿者 TT : 23:04 | コメント (0)

2009年11月28日

ステンドグラスへの想い36 モダンな納骨堂

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願正寺納骨堂「讃佛堂」/ 佐賀市内 / 設計:アルフデザイン

 私が今日までに携わったお寺の仕事(納骨堂)は4件。
最初は、北九州中間市にあるお寺で、モダンな拘(こだわ)りのある
木造の日本家屋様式だった。
 
 2007年 公私供に懇意にしている設計事務所より、佐賀市中心部にある
古い歴史あるお寺の仕事の依頼あり。
2件目となる納骨堂の話し、打ち合わせに伺い完成図(パース)を見て一瞬
“エッ!これ納骨堂…”、お寺に対する先入観があっただけに正直驚きであった。
4百年の歴史を感じさせる本堂の直ぐ前に、場違いとも思えるガラスを
メインにした打ちっ放しの現代的な建物。(上記の写真)


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本堂と納骨堂
 
 場所が違えばごく普通に見えた建物が、古い歴史のある本堂と対比して
想像しなかった空間が、そこには有った。 
面白い! またひとつ私の中に引き出しが増える…
しかし、保守的な世界と考えられるお寺と檀家の方々へのコンセプトの提言、
ホント仕事とは云え、建築家と施主の契約までの時間と気苦労は、
老婆心ながら如何ばかりだったか…と思ってしまう。
今回、打ち合わせに最初から関わらせて頂いたお陰で、
ステンドグラスだけでは無く、ご本尊である須弥壇の空間までも
トータルに任せて頂き、打ち合わせの中での私の何気ないアイデアを
率直に受け止め、取り入れて頂いた事に感謝した。
須弥壇を仏壇ではなく、建物のイメージにあわせ、
ガラスでシンプルに表現させてもらった事は、正直作家冥利につきる。
 
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須弥壇

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納骨堂内部


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title「水光の景」 w2000×h1000

 建物の外観デザインと室内デザインのコンセプトがしっかりある中での
ステンドグラスのデザイン…最初は正直プレッシャーを感じた。
建築家とは事前の打ち合わせで、白一色のステンドグラスで行こうと
方針を決め、私の中で感じたイメージは “ひかりの表現”でした。
光線のように差す光や輝く光では無く、水辺や水面にきらめく“ひかり”の
イメージでした。 
いつも、最も大事にするファーストインスピレーション。
感じたままに素直にデザインした作品ですが、やはりご縁のあった作品でしょうか…
いつもより悩まないで苦労無く、爽やかにデザインできた好きな作品の
一つになりました。

ちなみに仏壇は全てオリジナル製作、そして建築照明は、
その当時新しい試みのLEDでした。
歴史ある空間の中での,現在(いま)を強く感じた仕事でした。
今日のLED(チップでひかる)を初めて知った物件でしたが、
正直、まさかこんなに早くLED照明が進化するとは思いませんでした。
ホントサイクルのスピードが早い…と云うより早過ぎる。

投稿者 TT : 23:57 | コメント (1)

2009年07月10日

ステンドグラスへの想い35 SGA九州会作品展開催

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福岡アジア美術館 8F交流ギャラリー会場

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SGA九州会作品展、とうとう念願の作品展初日を昨日迎えました。
9人の仲間が作品展の搬入・飾り付けに,全員気持ちがひとつになり
良い雰囲気の思ってた以上の空間が出来ました。
詳しいことは、その都度お知らせさせて頂きます。
 
☆ 初日:2百数十名の方々が来て頂きました。
     まずまずの来場者ではないでしょうか…
☆2日目:午後豪雨にもかかわらずグラスアート トレードショウの初日でもあった為
     沢山の方々に来て頂きました。 驚いたのは遠く仙台や神奈川、大阪からも
     駆けつけた人達がおられたことです。2倍近くの来場者!
     ありがとうございます。
☆3日目:いやあ…感謝感謝の毎日です。仲間達も連日の来場者の対応に疲労困憊の
     状態。まだ中日、最後まで持つだろうか?
     今日はレクチャーが有った為、13時頃から来場者はピーク。
     やはり遠くからの来場者が多い、今日も東京・京都・大阪・愛知・広島…
     何故?どうしたのだろう…、おそらく共同開催のトレードショウのお陰です。
     レクチャー会場は開場の外まで溢れる状態でした。
     なかでも田辺さんの話は、重く貴重なお話しだった。
     聞き逃した方は、ホント残念でしたね…
     (私もその一人、良い時に呼び出され聞けませんでした。)
     しかしレクチャー後、個人的に深い話が出来たことは、
     私にとっても、仲間にとっても今後の指針となる内容でした。 
     近い内に詳しく書けたら良いなと思っています。
     来場者500名以上!

☆4日目:良い天気になりました、けど非常に蒸し暑かった。
     その上、山笠が午後の良い時間帯にあり、多かった来場者が
     急に鈍る…やはり恐るべし山笠!
     午後5時を持ってトレードショウの慌ただしかった3日間も
     盛況の内に終わり、落ち着いた作品展が戻る。
     でも今日の来場者は400名を超える。
☆5日目:今日は月曜だし、来場者は少ないだろうと思っていたら
     やはり想像より多かったですね、
     お陰で嬉しい悲鳴です!
     疲れが堪りピークなんだけど、毎日がドラマあり愉しい会期中を
     送ることが出来ました。しかし愉しみも明日で最後、
     ちょっぴり寂しいですね…、今日は札幌と東京からの来場者あり。
     来場者300名!
☆6日目 / 最終日:今日も最終日だからか…最終日でもなのか…
     沢山の方々に来て頂きました。
     はじめての垣根を越えた作品展、第1回目にしては
     大成功に終わったのではないでしょうか…
     仲間9人も忙しい中、へとへとに成りながら6日間
     ホント頑張ってくれました。
     喜んでばかりではなく、反省しなければならない出来事も
     有りましたけど、個々で学んだ事を今後にきっと活かして
     行ってくれるものと信じております。
     (車いすの皆さんも沢山来て頂きました。)
     作品展に来て頂いた2100人の皆様、本当にありがとうございました。
     この場を借りて御礼申し上げます。
     
     トータル来場者、2100名!
     
     

投稿者 TT : 09:40 | コメント (3)

2009年05月19日

ステンドグラスへの想い34 第1回ステンドグラスアート・九州会作品展

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☆2009年7月9日(水)〜7月14日(火)
  ・am10:00 〜 pm8:oo(入室はpm7:30まで)/最終日はpm6:00まで
★福岡アジア美術館 8階 交流ギャラリー
  福岡市博多区下川端3−1 リヴァレインセンタービル
  ・問い合わせ先/092-263-1100
  ・http://faam.city.fukuoka.jp
☆協賛/・(株) がらすらんど ・(株)十 條 ・ ロペックスインターナショナル(株)
☆後援/・西日本新聞社

※福岡アジア美術館の規則により、生花、花輪などは花粉でフロアーを汚したり
 画布や木製類などを食害する昆虫が付着している恐れがありますので、
 お断り申し上げております。 
 誠に恐縮ですがご理解とご協力、切にお願い申し上げます。


  ー共同開催ー 

★「グラスアート トレードショー」/ がらすらんど
  ドイツガラスの正統、ランバーツガラスが織り成す世界。
☆7月10日(金)pm.12:00 〜 pm.5:00 オープンデー
☆7月11日(土)pm.2:00 〜 ・レクチャー/『次世代に繋ぐ』高見俊雄
               ・ステンドグラス歴史研究家 「小川三治の世界」著者
                田辺千代
☆7月12日(日)am10:00 〜pm4:00 ・スライドレクチャー/ランバーツグラス・
 デリックスタジオ・ナルシサス クアグリアタ/ワンポイントレッスン 
フュージング テクニック  藤井瞳 / タイトリ社 ガラスに使う薬品説明
☆参考出展 オーダー家具『工房我楽堂』・アトリエ BOO


  
 

 第1回ステンドグラスアート・九州会の旗揚げ作品展の準備が着々と進んでいる。
DM・ポスターのデザインも決定し、印刷の段階に来ました。
原稿デザインの校正、校正、再校正、さらに再々再…校正、好きな事とは云え大変です。
作家9人の作品構成、顔が1人1人違うように作品も各々サイズも形体も別々で、
公平にまとめるには、私の単細胞の頭では精々この程度のデザインが限界でした。
しかし、本当に作品を観たければ会場に来ないと観られない…と云う
半分謎かけの部分も含めています。

作品展の内容も徐々に決定、作品点数はパネル/立体を含め約36点前後に
なりそうです。 基本的には1人4点で進めています。

 9人の作家1人1人が純粋に手弁当、自費で賄う作品展。
有りそうで無かった業界の中で、利害関係にある作家達の垣根を越えた協力…
初試みだからこそ大変意義がある事だと思う。
また更に初ものづくしは、業界の中で特に利害関係の強いはずの問屋3社の方々が
同じように垣根を越えて、今回協力し協賛してくれた事です。

この場を借りて、蠅らすらんど / 蟒循 / ロペックスインターナショナル 様に、
心から感謝、御礼申し上げます。

後援も福岡地元の新聞社、西日本新聞と産経新聞九州総局2社に決まり、
さらにNHK福岡放送局/RKB毎日放送が取材してくれる予定に成っています。 
あと1・2社増えてくれたら御の字ですね。

 この会期中、同じフロアーの“あじびホール”では、7月10日・11日・12日の3日間
共同開催と言うことで、蠅らすらんど主催の『グラスアート トレードショー』が
行われます。
これも調べたところ、地方で行うワークショップは業界初めての試みと聞く、
まして作家達の作品展と協力しあってのイベント同時開催など初めての事です。

 会期中11日(土)pm2:00から、恐れ多くも私目が「次世代に繋ぐ」という
タイトルでレクチャーをさせて頂くことになりましたが、
私よりも素晴らしいのは、特別ゲストで“小川三知の研究”で有名な
ステンドグラス歴史研究家の田辺千代さん(NHK,新日曜美術館出演)が
九州福岡の地でレクチャーしてくれるそうです。
この方の話は、是非聞く価値あると思いますよ、私も正直楽しみにしてます…
作品展が日に日に深く、私共の思惑以上に、見応えのある内容に進化して行くのは、
大変喜ばしい事ですが、反面本音を云うと少々怖さを感じ始めております。
プレッシャー大きいですね…、私を含め参加作家みんなが心して掛からないと
辱をかく事になりかねないと思います。

 とにかく初めの一歩を踏み出しました。
社会状況を考えてみても前途多難な船出…無謀な行動に移るかもしれません。
しかし、今だからこそ次世代に繋ぐ事を、1人1人が真剣に考えなければ成りません。
正直言って、将来を見据えた上で現状を考えれば考える程危機感を感じ、無謀と言われても
今回どうしても行動に移さざるを得ませんでした。
9人の仲間も、そして協賛してくれた問屋3社も、業界の将来と次世代に繋いでいく事を、
常日頃真剣に考えていたからこそ、垣根を越えて協力してくれたのだと思います。

まだまだ声を掛けたい実力のある作家達がいます。
近い将来同じ志のもと、一緒に歩んでいきたいと願っています。

 とにかくこれからが正念場です…この行動が九州ルネッサンスとなり、
将来日本のステンドグラス業界のルネッサンスへと、一石を投じる大きなうねりに
成るよう心から願っています。(ちょっと恐れ多いかな…)

投稿者 TT : 20:38 | コメント (3)

2009年03月15日

ステンドグラスへの想い33 “想い”との出会い

福岡が日本一早い桜の開花宣言…
愉しみな季節がもうすぐです、今年も桜に会えることに感謝! 


 近頃、不思議とご縁のある仕事でオーナーの人生に触れることが多い…
オーナーの“人生の琴線”に触れる機会に接すると、私の中の眠っていた“琴線の扉”
が開き、イメージとしてオーナーの“心の居場所”を探す私自身がいる。

どうすれば‥どう云う絵であれば‥、オーナーの“想い”に応えることが
出来るのか?
お会いした瞬間から、私の心の模索がはじまる。

この時こそ、一作家の端くれにとっては最高の至福の時であるかもしれない。
以前 Blog“ステンドグラスへの想い22”で、オーナーの建てる家への“想い”の強さを
書かせて貰ったことがあるが、同じ“想い”でもその方々によって当然重さが違う。
 
 実はこの所、ご主人を亡くされた奥様がオーナーの仕事が続いた。
娘さんと2人、息子さんと2人で頑張っておられる方、おかあさんと2人仕事と趣味に
頑張ってる方、またご主人との思い出を糧に、日々一生懸命活きてる方…
それぞれ心の中に強く、“あつい想い”を秘められてる。
お話しすればする程、“想い”が伝わり、どう応えてあげられるか…と
少しでも喜んで貰える作品を創りたいと思えば思う程、つい仕事を忘れて
夢中になってしまう。

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N氏邸 “南十字星/極楽鳥/赤い花が好きです”…徳之島、遠い南の島からの依頼。

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I氏邸 “主人が建てたかった家、でも贅沢と怒られるかも”…、建物の中、私の作品で飾らせて頂いた。

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米子、K氏邸 “主人と最後の旅行で流氷を見に行ったんです”…、ご主人の思い出で一杯の家!


希望や夢を聞くと、最初“絵に出来るかな…?と一瞬迷う
中には、どう考えても“表現が難しい”と思うこともある。
しかしプロである以上逃げるわけにはいかない、
直ぐにどう表現しようかと考えてる私がいる。
少しでも“想い”に応えてあげたいと思うし、何処までオーナーの心に添えるか…?
ひとつひとつのデザインに向かう度に思う。
これからもいろいろな出会いの仕事があると思うが、オーナーの心に添い、
常に温かな“想い”を忘れずに関わる事が出来たら嬉しい…!
この先どんな“想い”に出合え、そして人生に触れることが出来るか愉しみである。

それぞれの方々の人生に触れることができるステンドグラスに乾杯!
“あつい想い”に触れられる仕事(ステンドグラス)に感謝!

投稿者 TT : 23:41 | コメント (0)

2009年01月28日

ステンドグラスの想い32  太宰府2

kyukoku.jpg
title:「早春の奏R/早春の奏L」  九州国立博物館エントランスホール

前回書いたように私にとって“太宰府”は、とても縁の深い土地です。
2006年初め、建築家のT氏より、思いも寄らない「九州国立博物館」の
ステンドグラスの話が来た時は、正直驚きました。
“太宰府”の地での仕事と云うだけで私自身ワクワクしました。
自分にとって“縁”のある場所の仕事は、とても嬉しいものです。
この仕事を始めてから、いつも“縁”のある土地の仕事は何故か燃えました。
別に人にとっては当たり前の事が、私個人にとっては妙に他人事ではなく特別の事に思え、
自分勝手に“想い”の世界に入り込んでいます。
勝手に浸ってるだけですが、ひとつひとつ攻略する場所(町)を
頭の中で塗りつぶして行く永年の密かな遊びは、私の愉しみのひとつです。
私を育ててくれた町や縁のある土地の仕事の話が来ると、念願の望みが叶った時の
嬉しさと同じで…しばらく喜びに浸っています。

kyukokuhaku-3.jpg
 インフォメーションの正面 右側に位置します

 
そんな私の念願の仕事が“縁”の深い“太宰府”…恐れ多くも九州国立博物館の
仕事の話でした。
“九州国立博物館”は、“小倉裁判所”の次に国の建築物に入れさせて頂いた
仕事の第2弾でした。
前回の写真で解るように、正直変わった建物です。
最初観たときは、ご免なさい“異様に思えて…”しばらくは馴染めませんでした。
森の中に浮かぶコバルトブルーの曲線の屋根、巷では未だに賛否両論あるみたいですが
内部は国の建物と云うだけに、他の公共の建物とは段違いに凝っていて
高級感があります。
またセキュリティーも厳重で、打ち合わせに伺う度にチェックされ
ひとつひとつ段階を踏んでいく打ち合わせは重みを感じました。
過程としては、2回目の打ち合わせでラフスケッチのデザイン画を提出し
デザイン画のコンセプトを説明させて頂いた。
決定まではしばらく時間が掛かりましたが、決定の話しをいただいて
最終仕上げの本デザイン画にかかる…


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早春の景・機扮Α

sousyun-r.jpg
早春の景・供丙検


 デザインで最もこだわったのは、“太宰府”の象徴の花である“梅”を描く事と
早春の爽やかさを表現できたら良いなと思い、早春の風と光と花をテーマにして
デザインしました。
タイトルも「早春の景/機Ν供廚班佞韻気擦督困い拭

今見ると、まだまだ未熟さばかりが目に付いてしまう。
彼処はああすれば良かった…此処はこうすべきだったと課題ばかりが増え、
自信が揺らいでくる。
いつも出来上がった作品を時間を於いて見てみると、悲しいかな未熟な自分に出合う…

投稿者 hisafumi : 23:55 | コメント (0)

2009年01月05日

ステンドグラスへの想い31 太宰府1

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「太宰府」 九州国立博物館


2009年、新年明けましておめでとうございます。

 新しい年を迎えると何故か心改まる気がする…
たとえこれから大変な世の中を迎えようとも、とにかく新しい年を迎えたのだから、
楽しく明るく歩いていくしかない。
お天道様や風も、そして周りの自然さえも、何時もと変わらない、
いつものように温かくそして優しく包んでくれる。
たかが人間事…と自分に言い聞かせる。


 先月、師走の13日に「太宰府」に於いて“日中韓首脳会議”が行われた。
私にとって、「太宰府」という土地は、とても縁の深い所である。
正月と云うと、私にとっては「太宰府」のイメージが強く、正月を迎えると
子どもの頃に住んでいた「太宰府」のイメージが思い出される。
太宰府には物心ついた頃から小学2年生の終わりまで住ごし、
太宰府天満宮の境内は、その当時の子どもにとっては格好の遊び場だった。
参道の太鼓橋の下の池で亀を捕って遊び、雨が降れば楠の大木、根元の空洞の中で
雨宿りをし…牛の銅像や麒麟の銅像には、罰がアタルと怒られようが懲りずに乗って
遊び、社務所の裏山は秘密の遊び場だった。

 正月、参拝客の人混み、いろんな屋台の出店、いかがわしい芝居小屋、怪しげな
薬売り、綿菓子や砂糖菓子に椎の実やバナナのたたき売り、くじ引きにセルロイドの
お面屋におもちゃ屋等…とにかく上げたら切りがない。
たくさんの出店が境内を賑わせていた。
それに何故か,50年前だと云うのにリアルに匂いが忘れられないのは何故だろう…
独特の匂いがあった。 晴れ着とかお化粧やなんやらが混じった独特の匂い…
そして忘れてならないのは、名物の「梅が枝餅」。
地の人間は、当時「焼き餅」と云っていた。 確か1個5円だったと思う。
茶店で梅が枝餅を頼むと、お皿の横に“あんこ”が添えて出ていたが、
何時の頃からか全く無くなってしまったのは、ちょっと寂しい気がする。
時々無性に食べたくなって家族と一緒に食べに行くが、行く店は昔から決まっている、
頑固に天満宮の境内の一番奥にある“大石茶屋”である。
60年近く変わらず、食べるときはここに行く。

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1月8日 毎日新聞朝刊より

1月7日にある、有名な火祭りの「鬼すべ」も忘れられない行事のひとつ。
昔は、町々の四辻事に松明などを燃やしていたが、今は危ないのと時代で
変わってしまったらしい…ちょっと寂しい気がする。
その当時の子どもにとって、“鬼すべ”に出る“おいしゃん”や“あんしゃん”(方言)
達の、勇姿に憧れたものだ。
ちなみに私が住んでいた町名は“連歌屋”と言って太宰府の歴史を感じさせる。
今思うと粋な洒落た町名だと思う。 

肝心なことは、近頃では何時もよく忘れるくせに昔の事は何故かリアルに覚えていると
(女房殿の言葉)、やはり年取ったと云うことかな…

3年前、2006年6月ご縁で「九州国立博物館」の仕事をさせて頂くチャンスに
恵まれた事は,私のステンドグラスの歴史の中に、また一つ刻むことが出来た事は
大きい。

 

投稿者 TT : 10:09 | コメント (0)

2008年09月26日

ステンドグラスへの想い30 小倉裁判所

015web.psd
喜の心象  小倉裁判所合同庁舎2階ロビー/北九州市小倉/1997年(平成9年)


 ステンドグラスを生業としてから、早28年、月日が流れるのは速いもので
私の頭はかなり白くなってしまった。
思い返すと色々広範囲に、変化に富んだ物件に恵まれ、
これまでよく私ごときに仕事をさせて頂いたものだとつくづく思う。
そんな中でも“国”の仕事をさせて頂いた物件が今までに2件ある。
最初の仕事は11年前(1997年)“旧建設省/九州地方建設局(国土交通省)”の仕事で、 小倉裁判所合同庁舎2階ロビーのステンドグラス制作だった。
A硝子のF氏の紹介だったのだが、まさか直接仕事を貰えるなんて考えてもみなくて、
依頼を受けた時は正直驚いた。

 最初の打ち合わせから全ての事が初めてづくし…
最初は戸惑い、交わす言葉からちぐはぐで、デザインコンセプトを理解して貰うのに、
かなり苦労したのを覚えている。
たとえば格子や縦縞のデザインをすると、これは留置場のイメージを感じさせるので
やめて下さいとか…。
これは和風のイメージでデザインしていますと説明すれば、
和風とはなんですか? etc
ボキャブラリーが貧困な私にとってどう説明しようか、ホント困ったものです。
でも色々勉強もさせて頂きました!

各法廷の違い、裁判官や被告人が一般の人達と顔合わせしないようにした配慮。
留置場の入り口とかトイレのドアーの大きさとか仕上げの理由、
知らない事ばかりで、聞くこと見るもの全てが珍しく驚きの連続だったのを覚えています。
ただこの作品「喜の心象」には後日談があり、
この作品よく見て頂くと解りますが、上下逆にしても可笑しくない作品とは思いませんか?
そうなんです、恥をさらすようで嫌なんですが、作者である私が逆に取り付けてしまった、
後にも先にも唯一の作品なのです。
正直、半年後に撮影に行くまで、全く気がつきませんでした。
半年後、作品に再会し撮影の準備をしてる間、しげしげと作品を見ていると
どうも何かが変、どこかが違う違和感を感じて、よく見ると書いたと思っていた私のサインが、何処を探しても無いのです。
確かに書いたはず?と思いながら気のせいだったのか、書き忘れてしまったのかな‥と思い、ふと上部を見ると確かにサインがちゃんと有るではないですか、それも逆になって…
正直背中に冷たいものが走りましたね。 どうしょうか?と考えた末、
すぐに訳を話し、後日正しく取り付け直しましたけどね。
やはり末代まで恥曝(はじさら)したく無いですからね…
ホント前代未聞の冷や汗ものでした。
自分では解っているつもりですが、生まれつきのオッチョコチョイなんですかね…
この手の失敗良くあるんですよね。

投稿者 TT : 10:03 | コメント (0)

2008年09月23日

ステンドグラスへの想い29 光・MANDARA

MANDARA-web.jpg
「光・MANDARA」 福岡市/中洲東映プラザビル


 この所Blogは「がんばれ共和国」の事が続いたので、
そろそろ本業のステンドグラスの事が無性に書きたくなってしまった。
また、長い間サボっていて大変申し訳無かったのですが、
ギャラリーに新作作品の更新をしましたので、良かったら覗いてみて下さい。
今後、まだまだweb上に載せてない作品が沢山ありますので、
徐々に載せていきたいと思っています。


 1994年(平成6年)に制作した作品に「光・MANDARA」と云う作品がある。 
14年前に制作した作品だけど、私の中では好きな作品のひとつ。
今考えると一番脂の乗った時代の作品になるかな。
 
 その当時、夢中になって読んだ本に”南方熊楠”の本がある。
何冊か読んだ中に熊楠自身にとっての曼荼羅の記述があり、
私自身、大乗仏教・小乗仏教を描いた曼荼羅に強い興味を持っていただけに、
粘菌を研究していく中で彼自身が感じ取った曼荼羅の世界が、
宗教と違い彼の心象風景を描いた曼荼羅に、その当時、強い衝撃を覚えたのを
現在でもリアルに覚えている。
私にとっての曼荼羅とは何だろう? 
人、1人1人の心の中は小宇宙、混沌としたカオスの世界かもしれない…、
その心象イメージを表現してこそ、ひょっとしたら私自身にとっての曼荼羅の世界に
成るのではないのか…と勝手に解釈。
曖昧さの中で、悩んでいた時に丁度来た仕事の話が、福岡の有名な夜の歓楽街中洲の
中央にある“中洲東映プラザビル”の仕事。
玄関入り口の上にビルの顔として飾られると知り、俄然熱くなりデザインに没頭する…
相も変わらず単純な性格である。
いくつかアイデアを出すが、どうも心に響いてくるデザインが描けない、
意識すればする程、煮詰まってしまう。
過去の経験上解ってはいるが、やはりいつもの地獄が始まる。
しかしこの時は、意外にも何時もと違い、フッと“曼荼羅”を描いてみるかな…と、
ホント軽いノリで単純に描き上げてしまった。
 
もし自分自身が曼荼羅の世界を描くならこうだよね…と、
スケッチブックに遊び半分で無意識に描いた鉛筆の線が、
糸が絡まった様な単純な絵なんだけど、その躊躇い(ためらい)の無い流れる線に
“何か”を感じた。
何故なのか解らないが、瞬間心に響き、ゾクッと”何か”が降りてきたのを感じ、
一気に描いたのが此処にある写真の作品である。
デザイン画ができあがっても、何時もと違いガラスは何を選ぶか、色は何にするのか、
全く考えてもいなかった。
(いつもはデザインの途中でガラスは何を使うか決めてしまうのに…)
ただ描く途中フッと考えたのは、今までとは違い何時も脇役でしかない鉛線を主役にした作品を無性に創ってみたいと云う衝動に駆られてしまった。
この時最も神経を使ったのは、“生きた線”を表現する事だった。
初試みというのは期待と不安が入り交じった複雑な心境だけど、
期待に応えてくれた時の喜びは、言葉では云い表す事が出来ない程嬉しいものです。

線をいかす為に、色彩は単純にしよう…、
心の中に煌めく光りを表すには黄色だけにしよう…とか、
とにかくブツブツ独り言云いながら描いてる姿を想像して下さい。
ホント奇妙だと思う!(乗ってる時は何時もこうです。)
私自身の心象風景“曼荼羅”だから、タイトルは「光・MANDARA」が良い。
珍しくあっさりとタイトルも決まってしまった。 (いつもは凄く悩むのに‥)
後はオーナーが、提案した2枚描いた内のどっちのデザインを選ぶか?
これも意外や意外、オーナー向けのデザインよりも、選ばれないだろうと思っていた、
玄人受けする「光・MANDARA」にあっさりと決まってしまったのには驚きだった。
“縁”のある仕事とは、ホント本人の意志に関係なく動くんですね。
目に見えない“何か”に操られている様な気がする…


投稿者 TT : 23:50 | コメント (0)

2008年07月15日

ステンドグラスへの想い28 「工房まる」

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 以前、Blogで紹介した若者が運営してる福祉作業所の「工房まる」に
念願のステンドグラスを、やっとこの度取り付けることができた。
5年前からの約束で私の方は創作意欲満々だったのだが、
なかなか主役の「工房まる」からお許しを頂けず、
時間と共に意欲は徐々に低下し、何時しかあきらめてると…
突然、最近になって責任者の某吉田君と樋口君から
入れても良いと言う、お達しがあった。

さて…どういう絵にしようか?
色彩愉しく、メンバーが楽しくなる作品にしようかと考えてると
樋口君が「高見さん、派手にしないでシンプルに作品を創って…」と注文。
シャクに触るから、半ば強制的に息子“としき”の絵を中に入れるからなと言うと
意外にも快く“良いよ”と言ってくれた。

そんなやり取りの中で浮かんだのは「まる」=「円」をモチーフにした絵。
それと何故か時間・「Time」だった。
「工房まる」という世界で過ごす一日一日は、メンバーにとって大切な時間であり、
かけがえのない空間だと思う。
もし息子の“としき”が通っていたらどう思っていただろうか?
「工房まる」には“僕の居場所”があると云っていた本人だから
きっと大切な居場所になっただろうと思う。


maru2.jpg


「工房まる」に通うことを願って、志し半ばで適わなかったのだが
吉田君と樋口君のご厚意で、8年目にしてやっと念願の「工房まる」の
仲間に入れて貰えた。  私達夫婦にとって、こんな嬉しいことはない。
仲間のみんなと同じ時間を過ごし、同じ空気を吸い、そして楽しく語らう…
念願だった、みんなと一緒に集える時がやっと来たね。

“としき”が描いた“天使”には、ほど遠いと思うが、
「まる」の仲間達を、温かく見守って欲しいと云う想いを夫婦二人、
 心を込めて創らせて頂いた。


 奇遇にも養護学校の同級生で葬式で弔辞を読んでくれたA君が
今年から「工房まる」の新しい仲間になった。
この縁は何だろうか?
息子の“策”の様な気がして成らないのは、私だけだろうか…
彼の喜ぶ姿が浮かぶようだ。


「工房まる」の紹介

工房まるは心身に障害のあるメンバーが通う、福岡市南区野間にある
無認可の福祉作業所です。
メンバー全員が安定した生活を送ることができるように。
『まる』ではかれらの個性とふれあい、日常的な生活をケアすると同時に、
社会の中でそのチカラを活かせる事や役割を見出すことを目標にしています。
絵画や陶芸といったメンバーの創作活動、作品の販売、ライブや食をテーマにした
イベントなどなど。
工房まるでは障害のある人もそうでない人も、年齢や仕事のジャンルさえも
関係なく、いろいろな人々が集まり、思い思いの疑問やその解決策について
話し合う時間も増えてきました。

こうした集いの中からすくい上げた何気ない日常の会話を軸に、
工房まるは内外のみなさんと意見やアイデアを交換し合い、
社会のちょっとした価値観を心地よく変えるアイデアを楽しみながら
カタチにして、新しい選択肢をつくっていこうと考えています。


☆Blogのリンクから「工房まる」のホームページにつながります。
 是非覗いて見てみて下さい。
 

投稿者 TT : 00:46 | コメント (1)

2008年06月02日

ステンドグラスへの想い27 熊本の作品展が終わり

Crack-1.jpg
新作「Crack#1」 Apr.2008


 熊本県立美術館 分館での「高見俊雄/�永律子 ステンドグラスアート展」。
一週間つつがなく終わり、早一ヶ月が過ぎてしまいました。
現在では当然疲れも取れ、次の段階に始動の現況です。
熊本での作品展は、また一つ、私の歴史に新しい1ページを創ってくれました。
そして新しい出会いと新しい活動の縁を頂きました。
お礼が遅くなりましたが、沢山の方々に見に来て頂きホントにありがとうございました。
心から感謝します。

 今回、新しい作品“ Crack#1 "を制作できた事は、私にとって大変嬉しいことです。
常日頃、「新しい自分を発見できる作品にチャレンジする」と言い聞かせてはいても、
非凡でなく平凡な才能しかない人間にとっては、それはとても荒行、苦行の何者でも
ありません。
私の神様は、毎回新しい作品を…とお願いしても、なかなか楽してプレゼントはくれません。
内も外も想像を絶する厳しい状況の中でしか作品を創る事ができない…
私の思い過ごしでしょうか?

 アイデアが浮かび、デザインし、制作初めて半年以上の時間が過ぎました。
ガラスを切り終わって組み立てに入るまでの長さ、埃を被り、この作品は幻に終わるかな…?
と正直思いました。 制作する意欲が低下し、情け無いことに気が乗らないのです。
本音を言うと、正直苦しい…、意識だけは前に進のに、身体はなかなか付いてきません。
毎度の事ですが、もっと気楽に愉しく創れないのかなとホント思います。
少しずつ老いを感じてきた今日、気力だけは未だ未だ失ってはいないのですが…

 作品展後、新しい出会いと私自身思うところがあり
前々から友人のS.S氏から云われていた“後進を育てる”事を
いよいよ実行に移す事にしました。

6月2日(月)より「�見塾」初始動です。
月2回(隔週):am10;00からpm4;00までお昼の休憩はさみ5時間の授業。
新塾生2名(内訳:プロ/10年選手1名、初心者1名)、ベテラン含め総勢3名。

新塾生の2名共、若くて明るい将来性のある女性達です!
プロの子は熊本から通塾:アメリカで学び、10年間頑張って来た
バイタリティーのある元気でピュアな女性です。
初心者の子は、なかなか芯がしっかりした前向きでやはりピュアな女性ですね。
二人とも将来を担うステンドグラスアーティストに育ってくれたら嬉しいですね。
私も永年お世話になってきたステンドグラスの世界に、恩返しする時が来たと思っています。
まだまだ始動始めたばかりで大きな事は云えませんが可能性は大です、
この私塾から大いに羽ばたいて欲しいですね。
私も彼女達に負けないよう、新しい作品にチャレンジして行きたいと思います。
この世界にいる以上絶えずチャレンジですよね…
これから先、彼女達と私にはどんな作品との出会いが待ってるんでしょうか? 
今から楽しみですね。

投稿者 TT : 23:51 | コメント (3)

2008年02月15日

ステンドグラスへの想い26 ”偽”の怒り

flower92.jpg
「Flowers92 」  N氏邸玄関フロアー 
w900×h2000 1992年製作8月


 新年早々嬉しいことがひとつありました。
一昨年無くなったK君のご両親から年賀状、”K君がお兄ちゃんになります! 
3月が予定日です”新年早々、何よりも最高に嬉しい知らせです。
難病の子や障害児を持つ親にとって次の子を産む事は、なかなか踏み出せ無い事です。
とにかく一粒種のK君を亡くした後のご両親のことが心配だっただけに、年賀状の後に
電話にてご夫婦の明るい声を聞き安心しました。

 
 嬉しいことがあれば、反面嫌な事もあります!
昨年の12月16日午後8時頃、日課のウオーキングをする前にストレッチをしながら、
何気なく、本当に何気なくテレビを見ながらストレッチをしてると、豪邸紹介の番組
「これが噂の大豪邸」(テレビ東京)が目に入った。
 丁度、長野のK氏邸の場面、奥さんがコインランドリーを、ご主人がガソリンスタンドを
経営しておられるみたいで立派なお家、特に内閣総理大臣賞を頂いたと云う組子障子の建具が素晴らしく、つい見てると各部屋の紹介の後にリビングルームの場面、
アップで赤いステンドグラスが写し出される。
赤い花みたいな画面、仕事柄興味があったのでストレッチをやめ、
つい見てると全体像が写し出された。 
一瞬目が点になり、愕然とし怒りがこみ上げてきた。

flower92-2.jpg
”偽”のイメージ写真


 其処に映し出された絵はまさしく私が1992年(今から16年前)に製作した「Flowers'92」という作品…
余りにも似てると言うよりも細部のディテールまでそっくり!
ただバックのガラスの色(白)は一緒だけど、多メーカーのガラスに変えられてる。
しかし、怒りが込み上げた理由のひとつは、上下逆にして製作されてることである。
おまけにサイドに幼稚な蝶々が付け加えられてる。
この作者は、何の花をデザインしたのか解っているのだろうか(逆にすると意味がない)?
7・8年前に製作されたと云うことですが、何故安易な方法をとったのだろう?
テレビの中ではあるが仕事を見てみると、結構作ってきた人ではないかと思う…、
とても残念で仕方がない。
 私も含めステンドグラスに関わる人が最も気をつけなければならないのは、
絶対に信頼して仕事を依頼されたお施主に対して、好意を裏切っては行けない事だと思う。
お施主の”想い”に添う作品を作る姿勢、そこは私自身常日頃、最も大切にしてるところです。    
お施主に対してこんな侮辱と裏切は無いと思います。


 昨年の年末に発表された語『偽』…
いろんな分野で明らかになってきた偽装の実体、問われてる現在、ステンドグラスの世界でも
同じ事が未だに行われている。
 2.3年前にも日本の有名な画家が、イタリアの画家の絵を1枚だけならまだしも何枚もそっくりに
盗作をして話題になった事件があった。 ある国では、ディズニーランドをそっくり(?)に真似、
日本のアニメキャラクターの真似等々…余りにもひど過ぎる。
 ステンドグラスの世界だけは、そうであって欲しくは無いと思っているが、
余りにもこう云う話しが、正直昔から多すぎる。 
自分の製作する作品に於いてはプライドを持って欲しいし、最低限度のモラルを
持って欲しいと切に願う。 
今になって同じ作家仲間であるS氏の苦悩と怒りが改めて解る!


※ステンドグラスを生業としてる人達に是非お願いしたい。
下手でも良いじゃないか、「素」のままの自分で表現し創った作品こそ、
本当の意味でのオリジナル作品だと言うことを忘れないで欲しい。
お互いに、正々堂々と世に誇れる作品を創ろうよ!
自分だけの世界(オリジナル)を持ってる人程、素晴らしく輝いてる人はいないよ。


☆コメント有り難うございます。
 この世の中、ホント腑に落ちないことが多過ぎますね。
 


 


投稿者 TT : 22:16 | コメント (3)

2007年11月06日

ステンドグラスへの想い25 「塊・KAI」

KAI-web.jpg
塊・KAI / ' 87年鑑=グラスアート入選   w900×h1100×d600 /1987


前回の「TATTO]のすぐ後に製作したのが、この立体作品の「塊・KAI」/1987です。
「TATTO」製作途中にフッと頭に浮かんだイメージを、ガラスを組み立ててる時に即興で
型紙の横にラフスケッチしたのがこの作品です。 だからデザイン画が有りません。

丁度某工芸展に2回目の応募展締め切りが近づいていた時期でもありました。
とにかく「TATTO」の製作中で時間が無く焦っていました。
1日24時間では足りない、正直30時間位ほしかったですね。
でも納得いく作品を創りたくて創りたくて、絶えず全力投球、最高作品を目指し
執念で闘っている状況でした。
「TATTO」に全力投球の最中でもあった為、身体的にも一番無理していた頃だったが、
反面最も脂がのりきっていた時代だったと思います。
(現在では、もう一度その時の体力と情熱がほしいですね…!)

初応募作品「∞−宙」は、おかげで初入選しましたが、2回目の「塊・KAI」出展については、
私の数ある作品の中でも、最も嫌なエピソードがあった作品です。
私を某工芸展に推薦した人から”ジンクスがあり2回目は落ちることになってる”と
出展する直前に突然言われ、正直驚きました。
この作品は、私自身会心の出来と確信し特に自信が有っただけに、
不用意なその言葉は大変ショックでした。 案の定見事に落選しましたけどね。
この事以外にも会への不信感等があり即退会し、一匹狼でやっていく決断をしました。
その後は公の組織にはなるべく距離を置いてきました…今思うと内部は色々ありますね。
純粋に作品だけで勝負出来る場が欲しいと心から思いましたね…ホント純粋でした。
現在考えても、作品以外の裏取引が当たり前の世界は本当に可笑しいですよ。
政治の世界そのまんまでね…。
私も当時は若かったと思う、正義感に燃え突っ走っていた証拠ですね。

でも時間が経っても私の悔しさは癒されず、作品「塊・KAI」が可愛そうで不憫な思いでした。
どうしてもこの作品は、全身全霊を打ち込み製作しただけに、真の評価を計りたいと願いました。
そんな矢先にアート社がGlass Art 誌(すでに廃刊)の「'87年鑑=日本のグラスアート」作品募集の情報を知り、直ぐに応募しました。

入選作品113点/審査員4人:1人1票持ちで、4票が満点の中、3点と言う高い評価を頂きました。
4点満点1人(グランプリ)、3点9人の中に選んで頂いた事は、ほんと最高に嬉しかった。
3点を貰ったメンバーの中には、藤田喬平氏や家住利夫氏、横山尚人氏など‥各氏と一緒に選ばれたのは、私にとっては名誉でしたね。
この時程ステンドグラスをやって来て本当に良かったと思った事はありませんでした。
この事で、某工芸展への悔しい思いはホント御破算になりましたね。
それは正直嬉しかったですよ、単細胞人間ですからね。
自分自身が全身全霊打ち込んだ自信作が高い評価を受け、その後の自信と確信と情熱の
エネルギーに変わりました。
現在でも思い出すたびに熱くなります。
※この作品では、ブルーの色合いが想像以上に美しく表現でき‥今だに惚れてます。

作品を創る人達は、それぞれの想いが一杯詰まった幾つものエピソードがあるんでしょうね。
エピソードの数だけ確実に活き(生き)てる証ですね。

投稿者 TT : 11:48 | コメント (0)

2007年11月05日

ステンドグラスへの想い24  「 TATTO」

TATTO-web2.jpg
TATTO  w400×h700  
1987 / 第1回SGAA国際ステンドグラス作品展出展(アメリカ)

近頃、初期(ステンドグラスを始めた頃)の自分自身をよく思い出すことがある。
特にステンドグラスに関わっていた当時の心の内面とか、自分を取り巻く状況とか…
前にも書いたように、しゃにむに闘志を駆り立て、吠えていた時代。
頭の中は‥いや、身体全体ステンドグラス一色に染まっていた。
何を話すにもステンドグラスの事だけ‥、何を見てもステンドグラスに結び付け‥
イノシシ年生まれの宿命なのか? 猪突猛進そのまんま‥、 周りは迷惑千万である!
でも、自信持って云えるのは、ただステンドグラス一点にだけ集中していた。
ステンドグラスのデザインと技術の向上、レベルアップのみしか考えていなかった。
とにかく情報に関する資料集めと、日々の勉強は凄まじかったと思う。
私の生涯であんなに心砕いて、どっぷり浸かっていた時代はない。
俗に言うステンドグラス馬鹿である、しかし馬鹿と言われる事、
馬鹿と言う事に誇りを持っていた。
馬鹿に成れる快感は、若さ故の事かもしれない。

その当時、目指していたレベルがありました。
以前にも書いたように、”日本ステンドグラス グランドショウ”に出会った衝撃!
それからの私には、グランドショウに出された作品の数々と、作者の方達みんなが
仮想の敵(ライバル)でした。
グランドショウでの作品と作者の方達に申し訳ないが、当時は追い抜く事だけが目標でしたね。
ローカルでは、独り一匹狼で闘っていくのは大変な事です。  
まして環境に恵まれていない状況では、足下だけに目を向けていては、
レベルアップは望めないと本気で思っていました。
現在思うと、心は福岡や九州には殆どありませんでしたね。
特にステンドグラスが盛んな中央や海外に目を向けていました。
福岡で一番・九州で一番・西日本で一番・日本で一番・そして世界へ…
今では笑い話しで済まされますが、当時は本気で思っていて、自分で自分を駆り立てていましたね。
今思うと怖さ知らずも甚だしい、ホント恥ずかしい限りです。

この当時、やっと目指していた作品が出来たと思った作品が写真の「TATTO」です。
この作品は第1回SGAA国際ステンドグラス作品展(アメリカ)に出品したものです。
残念ながら落選しましたが、私にとっては感慨深い作品のひとつです。
この作品が出来た時、”やっと自分が目指していたレベルの作品が創れるようになった”と
思いました。
「TATTO」はステンドグラスをやり始めてから、常に心に温めていたイメージ作品の
ひとつでした。
 花札と刺青、誰も描きたい対象のデザインではありませんよね。

色々調べてみると、油絵やデザインやイラストには刺青が描かれてるけど、
ステンドグラスの世界では、まだ誰も描いてない未知の領域でした。
少し抵抗は有りましたけど、何故か私は絶対創りたかった。
私だけの‥誰も描いてない‥オリジナル作品を創りたかったのかもしれません。
余談になりますが、その後のモノクローム作品の時もそうでした。
常にオンリーワンを心がけ探していた時代でしたね。
この時テクニックとしては、初めてフッ素でエッチング(色抜き)したり、初めてボンディングを
試みたり、ガラス材料として鏡や普通のすりガラスを使ったり、ミラー面の塗装を抜いたりと
新しい試みを良くしましたね。
思い返せば一作品一作品がチャレンジでした。 
実際作品の製作日数は一ヶ月半近くかかりました。 
小さな作品ですが思った以上に長い時間かかりましたね。
出来上がった時には、精も根も尽き果たしホント何日か寝込みましたね。
その当時の試みのひとつひとつ、失敗のひとつひとつが確実に現在に生きてます。
特にデザインをする時には、対象が対象だけにダーティーな嫌なイメージにだけは
絶対表現したくないと思いました。

でも丁度製作をしてる時、運が悪い事に、ニュースで地場やくざのI組とD会の抗争の真っ只中でした。
仕事場のすぐ近くでも、I組とD会の銃による事件、 物騒な時代でした。
(そう言えばつい最近もD会の組長が銃で撃たれ亡くなる事件も、すぐ近所ですね。)
別に狙って刺青のデザインをした訳でなく、まさに偶然のタイミングでした。
この作品は中央の方では評判が良いのですが、その当時は地元に於いては
ホント敬遠され悪評でしたね。
そう言えば余談ですが「TATTO]は某大物俳優の所に行く話がありましたね。
結局話だけで終わりましたけど…
今では着物の先生の個人収蔵に成っています。

投稿者 TT : 16:04 | コメント (0)

2007年08月08日

ステンドグラスへの想い23 思いつきのヒント

nanryou-1.jpg
玄関入り口天井  w1200×h1200    Oct.'96

今から11年前に苓北町の慈恵病院/如水館(SGへの想い21)の
仕事の後だったと思うが、同じ建築家の方からの依頼で、
久留米市荒木町の南陵病院の仕事を頂いた。
移転新築で旧南陵病院は、丁度この町出身の歌手松田聖子の生家の前にあり、
驚いたことに玄関を入ると待合室に大きな鳥小屋…!
ウサギと小鳥たちが診察待ちの患者さん達を和ませていたのが強く印象に残ってる。
しかしそれ以上に印象に残っているのは院長先生の趣味であるオーディオの凄さ、
今でも忘れることが出来ない。
確かシーメンスのスピーカー(日本に1台か2台しかないと?)だったと思うが、
スピーカー1個の値段が家一件分と聞いた(驚き)。
その他にもかなり高級なオーディオがあり、音を聴かせて頂いたが、
どれも臨場感と音のクリアー差やシャープ差が、全く想像を超え違った。
私も昔はオーディオにかなり狂った時期があるので、多少は分かるつもりですが
私が今までに聞いた事のない音でした、過去に聞いた幻のスピーカー「後藤ユニット」
の次に驚きのオーディオの音でしたね…!


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取り付け直後

玄関入り口の天井にw1200×h1200のパネルと自宅に2点作品を創らせて頂いた。
天井のパネルに、ちょっと思いつきで実験的に使ったガラスが、
想像以上に面白い効果が出て、自分自身うれしくなったことを思い出す。

東京の興和商事のアンティーク・ストリッキー(フィッシャー)のガラスサンプル。
丁度ステンドグラスをやり始めた時で、当時お金が無く厳しい懐具合だったけど
思い切って購入したガラスサンプル。  (高くて当時は勇気入りましたね)
10cm×10cm位の大きさのガラスサンプル‥現在では残念だけどもう無いですね。
このサンプルにはガラスを選ぶ時、当時、私自身大いに助けられました。
九州にいる以上、問屋は東京か大阪、名古屋にあり
ガラスを思うように選べない地方のもどかしさと悲しさが有ります。
問屋のお膝元の人達がホント現在でも羨ましいですね。(状況は今でも変わりませんが‥)

ただ普段サンプルは埃をかぶってる時が多く、寝かせるには勿体ないと常々思ってはいても
なかなか活用出来なくて、棚の上で必要時以外は忘れられている存在…
どこかで生かせないかと考え、無い知恵を絞るんですが思いつかずなかなか実行に移せない。


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南陵病院のデザインで悩んでる時、苦肉の策で、フッと思いついたのは
気になっていたサンプルガラスを主役で使ったら愉しくて面白いかも…
風景の良いガラスがあり、惚れ込み、生かすデザインはしても、
サンプルガラスに合わせてデザインした作品は有りませんね。
でも有っても良いかな…?
私自身にとって思いつきで創った唯一の作品、珍しく未だにこれ一つしかありませんね。
デザインで遊び、ガラスで愉しんで遊ぶ…構えないでナチュラルに向き合った方が
良い作品が出来るかもしれないですね。
コンセプトや内容を突き詰めて描きあげる作品も有るが、
白紙の紙を目の前にして思いつきがヒントでアイデアを出す事は、振り返ってみると結構多い。
面白いヒントが出た時には、ホント手が勝手に動き出し、気が乗ってくるのが
リアルに解る。
こういう時が一番うれしいですね。
カラフルに愉しく踊るガラス達…、当時、嬉しくなって愉しくなって
しばらく眺めていた事を思い出しました。

投稿者 TT : 20:59 | コメント (0)

2007年06月30日

ステンドグラスへの想い22「住まいnet+ 福岡・vol.2」

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昨年10月「住まいnet+福岡・vol.2」と言う新しい雑誌の依頼で
文章を書くことになった。
どちらかと云うと文章は大の苦手で最初ためらったが、
書き出すと意外に、情け無い文書でもどうにか形になるものだと実感…
描くことは好きだけど、やはり同じカクことでも文章を書く事は苦手ですね。
しかし職業柄、文章を書いたり取材などの依頼が多く
苦手とばかりは云っておれない現実がある。
私にとって、ここ3年間Blogを書いてきたことは大きいかもしれない。
文章の出来、不出来は別にして、少しばかり苦手意識は薄らいだように思う…


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「住まいへの想い」本文

永年ステンドグラスに関わってくると、人それぞれ、オーナーの「住まい」に
対する特別の「想い」を感じることがある。
特に、個人宅のオーナーに強く感じます。
紹介で個人宅の仕事をさせて頂くとき、特に私自身のこだわりとして、
必ずオーナーと会い、話が出来るようにお願いします。
もし適わなければ残念だけどお断りすることもあります。
何故ならオーナーの「想い」に触れられないのに、私にはその方の為の作品を
創る事は出来ないからです。
お会いする方それぞれ「想い」は異なります。
熱い情熱を語る方、静かな中にも熱いモノを秘めた方、言葉少ない方、
ただただお願いしますだけの方に偏屈な方…
人それぞれですが皆さんに共通してる事は、新しい住まいへの期待の大きさです。
時々、オーナーの人生や夢に触れるときがあります。
そう言うときは、心から「想い」を適えてあげたいと思います。
「Heart]の中にこそ「Art]はある。
これは常日頃、私自身大切にしてることです。

長い時間かけ出来上がるステンドグラス。
製作はじめは、作業台の上は雑然としホント散らかってるだけで汚く、
とても美しいステンドグラスの姿は想像できない。
それが少しずつ時間と共に組み上がり全景を見せてくるとワクワクし、
過程で起こるアクシデントやトラブルさえも忘れてしまう。
喜んだり落ち込んだり興奮したりと飽きることはない。
最後の仕上げ、汚れなどを拭き取り、時間を掛けてきれいに磨き上げ、
窓に立てかけた瞬間、あたかも命が芽生え、息吹き輝く様は、
作家だけに与えられた唯一の至福のプレゼント。
しかし、本当の輝きはアトリエでの姿ではありません。
ステンドグラスの嫁入り先に収まった時の美しさは、アトリエの比ではありません。
理屈でなく(ステンドグラス)が心から喜んでるのが解ります。
オーナーの「住まいへの想い」に触れ、添える答えは、
オーナーの喜びを心から受け止めることが出来たときです。
私にとって完成し終わりであっても、オーナーにとっては始まりです。
「Heart]の中にあるArtを創れないと「想い」を適えることにはなりません。


ステンドグラスを通じての「想い」のかずかず…
たくさんの出会いの中で感じることが出来ました。
そこには時間という軌跡が成せる技があります。
出来れば「想い」という、良い年輪をこれからも刻んでいきたいですね。


☆余談になりますが、Blogを書く中で、自分勝手な語の遊びをよくやります。
 読まれた方はお気づきだと思いますが、(作る・造る)は私にとっては「創る」です。
 作るや造るでは味気ない、恐れ多いが創造で常にクリエイティブでいたい
 願望を込めて使います。
 (思い)は、個人的好みで「想い」と、よく使い分けています、
 後者の方がより心の比重が多いようにおもえ、(楽しい)は「愉しい」をよく使います。
 楽しいより優しく感じ、心から愉しんでるように私には感じられるからです。

 

投稿者 TT : 14:47 | コメント (0)

2007年05月09日

ステンドグラスへの想い21 天草の思い出

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「Ballon」  w11m×h0.8m  ミュウジアム如水館ロビー欄間  天草苓北町

永年ステンドグラスに関わっていると予期せぬ出会いに驚く事がある。
昨年、出会ったファッションデザイナーのNさんに飲む席ではあったが、
紹介された若く美しい女性、話が弾む程に初対面であったにもかかわらず
こころ打ち解け、出身地の話になっていった。

生まれは何処ですか? ハイ熊本です! 
ああ熊本ですか、高見の出も熊本ですよ一緒ですね…と
たわいのない話が弾むほどに、段々地域が狭まり
天草の話に発展、そして天草の奥の苓北町の話になっていった。
エッ、実家は苓北町ですか。 
以前仕事でお世話になりましたよ。
10年程前に苓北町にある大きな病院にステンドグラスを入れさせて貰いました。
私の実家は病院をしてます!
ひょっとして、それは私の家のステンドグラスではないでしょうか?
エッ、ホントにあのステンドグラスは高見さんの作品だったんですか?
じゃあ、そこのお嬢さんですか…驚いたな!

偶然の縁とは不思議なもので、まさか?が起こるモノなんですね。
たわいのない挨拶程度の話から、考えられない話に発展していく…

私のステンドグラスがはいった病院の施設は、ミュウジアム如水館(図書館と美術館)で
地域の人やこども達のために私費で建てられた立派な建物である。
海に面したロビーの欄間に、院長先生のご要望で佐賀平野で毎年行われる
「バルーン」(w11m×h0.8m)をイメージして製作、ナルシサスのロンデルを
贅沢に多用した作品である。
なかなかこのレベルの作品は創らせてもらえない、ホント作家冥利に尽きる仕事でした。

この苓北町のJ病院は、重度障害者のための大きな授産施設や敷地内にスタッフ家族のための
保育園等を運営し、毎年夏には地域とこの施設に関わる人達のために海上花火大会を
自費で行ってるとお聞きした。
障害者施設など見学させてもらったけど立派な施設でしたね。
決して病院の片手間に造られた施設では有りませんでした。
また、病院内に治療の為の温泉を堀り、老人や障害者などの弱者への熱い思いをコンセプトに
運営されてる病院だと強く感じました。
院長先生(紹介された女性のお父さん)の姿勢が素晴らしく、感激して帰ってきたのを
今でも思い出します。


※参考までに、高速を車で走って福岡から天草苓北町まで所要時間は片道約5時間。
往復10時間近く掛かることになる。
ちなみに打ち合わせは1時間強…、3・4回は往復したと思う。
遠い道程だったけど、不思議としんどかった憶えはない。
楽しいドライブだった。
道中、町の雰囲気が少しずつ変わっていくのが楽しみでしたね。
目的地に近づく程に、時間や空気までもがゆっくり流れていくようで
タイムスリップしたような、昔懐かしいのどかな光景でしたね。

 風光明媚な天草五橋を渡り海岸に沿って走る、途中イルカウオッチングで
有名な五輪町を通り、有明海を挟んで、対岸に島原と噴火していた普賢岳を
見ながら走る光景は、今でも忘れることが出来ません。

近い内に、是非もう一度行きたい町のひとつですね。
作品にも会いたいですね!


投稿者 TT : 00:48 | コメント (0)

2006年09月14日

ステンドグラスへの想い20 Memorial Day

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『復活』   Mar.4.’02 一周忌を兼ねた作品展にて発表

私の家族にとって、そして私自身にとっても
2001年はとても忘れることが出来ない年になった。
この年の3月4日に最愛の息子が亡くなった、18歳だった。

しばらくは
何かをやろうとしても、やる気が起こらず、
持続力、集中力を失い、彼を思い出しては涙…
悲しみの中、突然どうしようもない寂しさと喪失感が襲う…
全てが空回り…、一時は正直 腑抜け状態だった。
仕事もやる気がなく、作品などはもってのほか‥何も描けない・作れない!
頭では、このままではダメだと解っていても、いざ机に向かい描こうとすると
じっと座ってることが出来ない、イライラしてくる。
毎日がこの繰り返し‥、その内に焦りがで、段々症状が悪くなってくる。
眠れない日が続く、睡眠不足が重なるのと焦りとの悪循環。
とうとう、睡眠道入剤の厄介になる。
(このまま何もせず過ごしていたら、鬱に成ってたと思う)

しかし心の中では、
このままではダメだ、本当にダメになってしまうと激しく葛藤してる自分がいる。
今までに築いてきたモノが崩壊してしまう恐怖感と焦り‥
出口のない地獄に堕ちたようでした。
(ホント、オーバーでは無く正直そう思ってましたね!)

作品ができなくて何度も不義理していたギャラリーのご好意で
偶然、息子の命日(一周忌)に空きがあり、急に作品展が決まる。
運命か、亡き息子の企みか、
デザインが描けないと言い訳はきかず、もう逃げられない。
作品を創らずにはおれない状況に追い込まれる。

この事がどん底からはい上がり、再起する切っ掛けになった。
(でも再起する起爆剤には、かなり激しい パワーとエネルギーがいる。)
悩み苦しみ、何度も描き直しながら数ヶ月‥


Fukkatu2.jpg
『復活』デザイン画

やっとこれはと思える手応えを感じたデザインが描けたのは、
9月11日、夜10時半だった‥いつものように無意識にテレビをつける。
ニュースステーションへの第一報の瞬間の映像!
あまりにも想像絶する映像に強いショックを憶え、
しばらく現実に起こった事だとは、正直信じる事ができなかった。
映画のワンシーンを見てるみたいで、現実に起こると誰が想像出来るだろうか?
テロへの怒りと亡くなった人達への悲しみで怒りが治まらなかった。
明け方近くまで、テレビから目を離せなかった9月11日。
おそらく、あの日は世界中の大多数の人達が同じ想いだったと思います。

翌朝、私自身期するところがあり、
亡き息子への想いと合わせ、テロで犠牲になった人達への鎮魂の意味も含め、
デザインの最終仕上げをした。
私に何かが出来るわけではないけれど、
私自身の気持ちとして何かをせずには居れない、居たたまれない気持ちだった。
そうして描きあげた作品が『復活』でした。
息子への感謝、テロの犠牲者への鎮魂、そして私自身の復活を込めた作品。
この『復活』を製作できたことに、こころから感謝したい。

またひとつ『想い』を学ぶことが出来た。

作品展期間中、『復活』の前で、見知らぬ人が何人も涙を流す光景を目にする。
あれから早いもので5年が立つ、
作品展をする度、未だに『復活』の行方を尋ねる人が多い…、何なんでしょうか?

このところ、紙面も電波も米同時多発テロのことばかり。
2001.9.11/あれから5年…
世界中を震撼させた大きな事件、いまだにビルに突入する航空機と
ビルが崩壊していく、生々しい映像を忘れることは出来ない。

2001年、 米同時多発テロ事件と共に、私事を含め忘られない年になってしまった。
テロは、理由が何であろうと許せない事です。

投稿者 TT : 22:02 | コメント (0)

2006年08月06日

ステンドグラスへの想い19 モノクローム作品展

MONO:810.jpg
作品展会場/ギャラリーおいし1F

第4回作品展『モノクロームステンドグラス展』が無事に終わりました。
暑い中にもかかわらず来て頂いた方々に、この席で申し訳ありませんが
心からお礼申し上げます。

ありがとうございました!


仕事でモノトーンの作品『ZEN』を初めて創ってから20年…
この間かなりの作品を創らせて頂きましたが、
まだまだ納得の行く域に達していません。
いつかは、モノトーンだけの作品展をしたいと、
前々から考えていましたので、今回想いがかなえられ、
嬉しい反面、さらに求められるハードルが高くなったように思います。
正直言って、今回55%の出来かな…悲しいかな まだまだ未熟です。
本人が求めれば求めるほど、ハードルは高くなっていき、
表現したいテーマと想いだけが大きく成っていく…


これからは、私にとって体力との戦いだと思います。
気力だけは、決して失っていないのですが、
寄る年波には勝てませんね(少し早すぎるかな?)
やりたいことが一杯ありすぎます!
しかし、モノトーンの作品だけは、
とことん納得が行くまで追求して行きたいと思ってます。


今後どんな作品に出会えるか解りませんが、
私自身、とても楽しみにしています。
5年前の作品『復活/Revive』、第2弾として『復活/第2章Road』を
今回製作することが出来たことは、私にとっては、とても大きいことです。
今後、何年掛かろうが第3章‥第4章と製作し最終章につなげたいと思ってます。
心象風景の表現、もうライフワークになりましたね。
テーマを持って一日一日を活(生)きていける喜び…
嬉しいですね!
追求したい、表現したいテーマが沢山あります。
独りよがりでもいい、スケールの大きいストーリー性のある作品を創りたいですね。


作品展も無事終わりましたので、
次は13年間続けてきた、
難病の子供達とのサマーキャンプ『がんばれ共和国』
8/25〜8/27に向け、全力投球です。
いつもの子、久し振りに帰ってくる子、そして新しく出会う子とその家族
みんな元気かな、今年も元気に会えることがホント楽しみです。
子供達の、会えたときのはにかんだ笑顔と
ボランティアのお兄ちゃんやお姉ちゃんとの別れのときの涙…
最高のプレゼントですよ!
今年は個人的な事で、スタートが遅かったけど
家族の人達みんなに楽しんでもらえるように頑張ります。

投稿者 TT : 00:57 | コメント (0)

2006年07月05日

ステンドグラスへの想い18 コラボレーション

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先日、6月24日(土)、『こひつじ幼稚園』天使堂で、
知人の九響(九州交響楽団)首席コントラバス奏者深沢氏
ギター奏者の橋口氏、3人のコラボレーションを行う。

不思議な組み合わせですね(お二人はまだしも、門外漢の私が参加するなんて‥)
しかし、想像以上に感激しました。

私にとっては、とても贅沢な一時でした…
”高見さんの作品をバックに演奏したい”
深沢さんから声を掛けていただけなかったら、実現しなかった企画だと思います。

コントラバスとギターのデュオも珍しいのに、
そこに舞台装置として天使堂という素晴らしい建物…
実は、ここには私の作品『Respiration/呼吸』が入っていて、
東側の窓、青のステンドグラス『Breath/吸』の下に舞台を設定し『復活』をかざる。

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今回チラシのデザインにも関わり、なかなか面白い仕事をさせて頂いた。
当日まで、何人来て頂けるか不安だったけど、約90人程(定員100人)
車の便が悪い中、わざわざ来て頂き、内心ほっとしました。

しかし、演奏がすごく良かった。
お二人の演奏は何度か個別に聴いていたが、この日の演奏は特に素晴らしかったと思う。
気持ち(魂)が入った、音霊(おとだま)を感じました。
私個人としては、最も感激した曲は”カッチーニのアヴェマリア”が最高でしたね。
曲にドラマを感じました…

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熱演の深沢氏

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秘めた情熱の橋口氏

心のふるえを感じ、しみじみ思ったことは、
”ああ…今日、これで『復活』が本当の意味で完成したな。”
『復活』は、私自身の深い思い入れがある作品だけに
言葉には言い尽くせない感動を感じました。

音楽と一体になった自分の作品に接し、感無量でした!

女房にとっても同じ想いだったと思います、
いや私以上に感じるモノがあったと思います。
天使堂の仕事は、女房の縁でさせて頂き、ライアの演奏などで
よく使わせて頂いてる建物だけに、ひとしおだったと思います。

演奏の後、深沢さんと橋口さんから、
『復活』からエネルギーを、今日は一杯頂きましたと
嬉しい言葉を頂きました。

ありがとうございます!

初めての、音楽とステンドグラスのコラボレーション…
これからも是非やりましょうと、お二人からの言葉。
新しい企画として、作品展だけではなくて異業種とのコラボレーション
積極的にやっていきたいですね。

投稿者 TT : 01:27 | コメント (1)

2006年06月05日

ステンドグラスへの想い17 ある教室展より

y.sg.jpg
Yステンドグラス教室作品展案内はがきより


先月、5月は色々あり、Blogをサボってしまいました、申し訳ありません。

人間長いことやってると、身体のあっちこっちにガタが来てしまって、
とうとう4日程、入院する羽目になってしまいました。
入院して初めて気がつくことは、
自分の身体を、今まで如何に大事にしてこなかったか‥と反省の毎日!
身体を労り、癒す為、
忙しい最中でしたが、思い切って3日間程温泉に行って来ました。
いやあ!  リフレッシュしましたね。
身も心もホント軽くなりました、
貴重な時間を頂いたことに、ありがとうと心から感謝です。


4月初旬、
あるステンドグラス教室作品展(上記写真)を見に行く…

2月の私の作品展に、2日続けて見に来てくれた女性から
教室の作品展の案内をいただいた。
本音を言うと、
私自身、教室の作品展を見に行くのは
正直言って、あまり好きでは有りません。
お付き合いのある教室の作品展以外は、
失礼なことですが、まず出向くことは今まで有りませんでした。
しかし、今回の案内に関しては、
礼儀として、是非行くべきと思いました。
できれば初日に行きたかったのですが、
丁度、仕事が追い込みで大事な時でしたので、
中日にどうにか時間をつくり、
すぐ帰るつもりと 軽い気持ちで行きました。

しかし、私の先入観は見事に打ち砕かれましたね。
福岡県美術館のメイン会場を、全部を貸し切った10周年記念教室作品展/総数230点、
数が多いだけの教室展ではなく、
全ての作品が見事に、一生懸命作ったと思える秀作ぞろい‥
いやあ、どれ一つとっても見事に手を抜いてない、
作る楽しみを一杯感じさせてくれた作品の数々‥
緻密に根気よく、仕上げも美しく、気を抜かないで
時間をたっぷり掛け、製作されたと想像できる作品ばかりでした。

テクニックが上手いだけ、ただ美しいだけがステンドグラスでは有りませんね。
作品と向き合う想い、心の織り成しかたが如何に大事な事でしょうか‥

デザインが悪いとかガラスの選び方が安易とかで
簡単に片づけられないステンドグラス作品があると、今回教えられました。
ピュアーな想いだけで作品に向き合い、
ホント久し振りに、会場の一つ一つの作品が温かい温もりを感じさせてくれました。
熱いオーラを感じましたね!


テクニックだけで作った、心に響かない作品が多い中
シンプルにピュアーに向き合った作品の数々‥ホント大事なんですね!
プロを自任する人達にこそ見てほしい作品展でした。
会場に来た人達で、何人の人達が感じる事が出来たでしょうか?

どれ一つとっても、決していい加減さが無く
シャクだけど、一番大事なことを改めて教えてもらい
深く考えさせられた一日でしたね。

私にとっては、初期の頃の自分に逢えた時間だったかもしれません。
シンプルに、ただ良い作品だけを創りたくて、
ピュアーな想いだけで、向き合っていた日々を、忘れたら行けませんね…
深く反省しました。


ひたむきに製作に勤しまれた生徒の皆さんと、
見事に、根気強くここまで教えられた先生にエールを贈りたいですね。
これからも、シンプルにピュアーな気持ちで頑張って頂きたいと思います。

見終わった後、爽やかな気持ちに為れた作品展でした。
ありがとうございました!

投稿者 TT : 23:53 | コメント (0)

2006年02月11日

ステンドグラスへの想い16 '06作品展

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作品展会場          岩田屋本館美術画廊


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2月1日〜2月7日、何事もなく作品展を無事に終わることが出来ました。
恒例となった2年に1回の私の作品展も3回目、
今回も前回以上に沢山の方々に見に来ていただき、感謝で一杯です。
足下の悪い中、さらに寒波で寒い中、ホントに沢山の方々に来ていただきました。
ありがとうございました!
この場を借りて、心からお礼申し上げます!


作品展の度に、毎回新しい発見があります、そして新しい人達との、出会いや関わり合いがある。
そのひとつひとつの事が、 いつも後の私に大きな意味合いをもたらしてくれます。
今回、会期中に私自身感じたことは、作品展は新たな作品を見ていただき、
一人でも多くの方に、作品を買っていただく事も当然だとは思いますが、
私は、誰よりも何よりも、嬉しいことに私自身の為にやってるんだ と強く感じました。


作品展前は、正直言って地獄です!
身体はくたくた、頭はもうろう、心は焦りで満杯‥、まったく余裕はありません。
ガマンガマンの数ヶ月、私以上に家族の方が悲惨だったかもしれませんね。
特に、私の唯一のパートナーである女房にとっては、地獄だったと思います。
我が儘で、自分勝手で頑固な亭主と仕方なくお付き合い…
毎日、夜遅くまで家事と手伝いをしなければならないんですから、身体の状態もボロボロ…
会期中、毎日朝から付き合ってくれて、見に来られる方々への接客やお世話、気を脱けない状況、
彼女無くしては、この作品展は出来なかったと思います。
心から『ありがとう』と言いたい(また、頭上がりません‥)


ギリギリまで、どう完成するか分からないスリル、因果な仕事と思いつつゴールを
目指してるのが現状、でもこのスリルが快感なんです…

常日頃の仕事である、建築関係の本業をやってる方が楽で、私にとってはホント心地良い状態。
しかし、果たしてそれで良いのかと自分自身に問えばNO!の一言
留まりたくはない! 
たえず前向きに、一段さらに一段とレベルアップしていたい欲望の方が大きい。
その点、作品展は真剣勝負!   妥協は、まったく許してもらえない。
毎回新作で望みたいし、同じ匂いのする作品は創りたくない、
あたり前の事をあたり前として臨みたいと常に思います。


願望です!
死を迎える直前までチャレンジしていたいですね。
ステンドグラスに関わって25年目にして思うことですが、
私自身の中にある作品のひとつひとつ…
一つ残らず全部この世に出して終わりたいものです(これは女房殿からの命令です…)。
限りある時間、無駄に出来ないですね!


作品展会場は異次元の世界と思うことがある。
私の作品展でありながら、私の作品展ではない。

目に見えない動きがある‥大きな渦を感じる‥
私の作品展をきっかけに、ステンドグラスの光の輝きと共に、
人と人との出会い、関わり合い、そして人の絆が生まれているのが見える。
何か、凡人の私には分からないが、無視出来ない動きがある…
何だろうと見てみたい、知りたい、ワクワクと楽しみにしてる私がいる。
作品展は、単なる作品展ではないんですね。
小さな奇跡が起こりそうな予感…
次に何が起こるのかな?
楽しみです!

投稿者 TT : 22:47 | コメント (1)

2005年11月03日

ステンドグラスへの想い15 エッチング

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花/Saisons  w3000×h2500   東京/麻布

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つい最近、 ステンドグラスの仕事でなく、同じガラスの仕事だが「エッチング」の話が来た。
本職以外の仕事の依頼があると、とても緊張する。
しかし、挑戦したい気持ちの方が勝り、初めての仕事ほど燃えてくる自分がいる。

縁の仕事は、私自身、常に大事にしてる事だけど、新しい分野へのチャレンジは
反面、緊張とプレッシャーで関わってる間中、失敗に怯えている自分がいる。

エッチングは今回で3度目だが、
今回の仕事の依頼は、レベルの高い作品を求められた事と遠方(東京)だった事もあり、
オーナーの感覚が人を介してしか伝わらず、デザインをするのに、
何時も以上に時間がかかってしまった。

意図がつかめず、何度も何度も描き直す…
それでも、気に入る絵が描けない、プレッシャーで追いつめられる…
最初は、今回の仕事は楽だなと簡単に考えていた自分を深く反省する。
(そうなんです、楽と思った時点で自分の気持ちが、もう負けている、ホント情け無い!)


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テーマは“花”、四季の花を表現、エッチングは“スリ絵”でなく、
深彫りで、私の作品を作ってほしいとハイクオリティな作品を依頼される。
私自身、簡単なエッチングはするが、レベルの高いエッチングは出来ないので、
パートナー選びが最も大切な仕事になる。
パートナー次第で作品のクオリティが断然違ってくるし、
そして最も重要な事はパートナーとのお互いの信頼関係と思う。
私自身、この件に関しては、全く迷いがなく、
過去2回関わってくれたU君にお願いする。
今回の仕事の中で最も時間を掛けたのは、絵に対する彼との意思の疎通であった。
“花”ひとつひとつの表現方法の打ち合わせ、そして本番にかかる前のためし彫り、
OKを出すまで、何度も打ち合わせ…
彼もいい加減頭に来たと思うが、よく私の無理な要求に応えてくれたと思う。
また、最後まで関わったくれた彼と、彼を長い時間拘束させてくれた会社に
心から感謝したい。

余談だが、途中U君の利き腕が上がらなくなってしまったらしい…
おかげで良い作品ができ、こころからオーナーに喜んで戴き、さらに感謝。

これからも新しい分野に、積極的にチャレンジしていきたいものです!

投稿者 TT : 23:31 | コメント (0)

2005年05月05日

ステンドグラスへの想い14 アイスランド パート2

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アイスランドのステンドグラスアーティストMr.Leifur Breidfjord氏と共に

写真の彼は、現在アイスランドを代表するステンドグラスアーティストで、
今回、私達夫婦がアイスランド行きに際して、行く前に手続き等で大変お世話になった人である。
彼に最初あった第一印象は、子供みたいな、汚れのないピュアな目をした人という印象だった。
彼の作品は以前より本などで知っていたが、会ってこそ感じるものがある人の1人だと思う。
彼のレクチャーのタイトル"The spirit of man"
まさに、その言葉通りに、日々作品と向かい合ってるアーティストだと思います。

彼に触れて感じたことは、私にとっては大きい。
彼の作品に向かう姿勢(心)は、常に子供の純粋な心を忘れずに、そして気負わず
民族の魂(spirit)をベースに作品に向かってると聞く…
彼の作品の根底にあるのは、人間子供の精神と思う。
子供の時によく遊んだ凧(カイト)、そして彼の子供達とよく遊んだ凧(カイト)が大好きで、
ケフラビック空港(次の写真)発着ロビーの作品に見られるように
空間に凧(カイト)が浮いている。

Airport293.jpg
ケフラビック空港 発着ロビー 早朝7:00に写す

彼の作品は、凧(カイト)のように浮いてる作品が多い(下記の教会の作品もそうである)
Fixに取り付けてないで、空間に浮かんでいる。
何故か、違和感のない新鮮さを感じさせる作品である。


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レイキャビック郊外の教会 "Fella-og Hola Curch"(この教会では、彼は儀式で使う衣装もデザインしている)

ちなみに、ここに写真はないが、アイスランドを代表する有名なハトルグリムス教会、
高台にある、レイキャビックでひときわ目立つ教会のステンドグラスも、彼の作品である。

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本当に彼の人柄が解る、こころ優しい作品でした。

CIMG0222.JPG
"The National Library" 図書館の中央エントランス階段の作品

彼は、民族の魂を大事にしてると云ったが、
これこそアイスランドの歴史(ヒストリ-)を描いた作品だと聞く、やはり人が中心になっている。
アイスランドには二つの伝説があり、
サガ伝説とエッダ伝説、日本の古事記と日本書紀的な内容と聞く、
彼自身アイスランドをこよなく愛し、そして強く誇りを持っていると感じる。
(このサガ伝説とエッダ伝説は、是非調べたいと思っています。)

.Leifur Breidfjord 氏に今回会って、感じたことは、
私自身が、永年抱いてきたステンドグラスへの想いが、彼と同じだった喜びです。
何が大事か?
彼と会い、また色んな国々の人達と、この度のかかわりの中で、教わった事は数知れない。
24年間ステンドグラスの世界で歩んできて、ステンドグラスへの考えと姿勢は、
言葉で言い尽くせない程、私自身、自問自答してきたつもりです。
しかし、これで良いと思ったことは、ただの一度もない。
自分自身に欠けたものは何か? 大事にすべきものは何か?を
確認できただけでも、ホント大きいと思います。

彼と彼の良き理解者でありマネージャーである夫人から、
お前の作品はビュウティフルで、とても静かな作品」だと
言われたことは、社交辞令だとしても本当に嬉しかったですね。
そう言えば、帰って来てからも、
初めてお会いした方から「あなたの作品はとても静かですね」と同じ事を云われた…
意識して「静かさ」を表現している訳ではないが、
私の作品に、静かな空気を感じて頂けるなら、これは一作家として心から嬉しい言葉だった。


投稿者 TT : 14:08 | コメント (2)

2005年04月19日

ステンドグラスへの想い13 アイスランド コンファレンス

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会場のKopavogur Art Museum-Gerdarsafm


無事何事もなく、“ICELAND CONFERENCE2005/ARCHITECTURAL GLASS ART”に出席。
遠い、とにかく遠い気候の厳しい地でした。
今回のような縁がなければ、私にはおそらく行くことはおろか
意識にも上らなかったのじゃないかと思います。
海外でのコンファレンスに出席するのは、14年ぶりアメリカ/ダラスで開催された、
“ワールド グラス コングレス 1991”に出席して以来2度目でした。
4月5日/6日/7日の3日間のコンファレンスでしたけど、
振り返った印象は、私にとっては非常に内容の濃いものでした。
朝から夕方までビッシリと組まれたタイムスケジュール、
全て(当然ですが)英語/アイスランド語/フランス語/ドイツ語‥などが飛び交う中、
英語は全く駄目な私が、チンプンカンプンなのにも関わらず、
眠らずに真剣に聞いていたとは、自分自身驚きでした。
アメリカ/ダラスの時は、アメリカに住んでる妹が通訳で助かりましたけど、
今回は私より少しマシな女房殿がいるだけ、全く通訳なし!
しかし、彼女の助けで単語だけしか解らない私なりに、心に伝わるものはありました。

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国民人口29万人位の小さな国、アイスランド共和国、
アメリカの時より小規模なコンファレンスだったけど、とてもフレンドリーで、
会場の中は、みんな和気藹々としてました。

アイスランド/スウエーデン/ノルウエイ/ドイツ/デンマーク/イギリス(UK)/フランス/
オーストリア/スペイン/ポルトガル/カナダ/アメリカなどから
アーティスト及びアートカレッジや美術関係の大学の教授や先生達、
他にスタジオ関係者、経営者の人達が各国から集まり、
現在の�アーキテクチュラル(建築)グラスアート�の置かれている、
動きと現状のレクチャーがあった。
遠い日本から行った私達夫婦2人、目立ったみたいで会う人、会う人、話しかけられ
英語が話せない私は冷や汗ものでした。
しかし、持ち前の図々しさとボディランゲージ、情け無い単語力だけで、とにかくどうにか通じ、
と言うより相手の方達が、優しさで一生懸命理解しようとして頂いたみたいでした。

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今回のコンファレンスで、
私個人12・3年くらい前から、うすうす予感がしていた事ですが、
アーキテクチュラル(建築)グラスアートの流れというか、動きが見えてきた感があります。
アーキテクチュラル(建築)グラスアートの世界は、
「グラスアート」「ステンドグラスアート」にハッキリと分かれて来たと思います。

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ヨーロッパ及びアメリカの建築物の大半は、
グラスアート(ペインティング・酸抜き・ラミネート‥)の作品が、主流になって来てます。
その証拠に、今年中か来年には、そう言うグラスアートだけを載せた本
「アーキテクチュラル グラスアート」の3冊目が出版される予定と聞きます。
アメリカのエド カーペンターは、14年前に私がダラスのコングレスに行った時に
丁度、空港などでグラスアートに取り組み始めた頃だったと思います。
アメリカやヨーロッパのアーティスト達は、よりテクニックを駆使し、
スケール感のある建築作品が増えて来てますネ。

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業界の環境も、スタジオの持つ影響力が、より大きくなって来てるように思えます。
宿泊施設などをスタジオ内に備え、アーティストはデザインと製作の指示をし、
技術的な面は、スタジオの協力で、テクニックに応じて各プロの職人が製作に関わる。
取り付けは、またその道のプロがクレーンを使いサッシごと建物に取り付ける…
分業がより明確に成って来てるように思えます。
ドイツが、最もこのようなシステムが確立していて、他にオーストリアのスタジオも出席してました。
各国の有名なアーティスト達が利用していると聞きます。
私は、長い歴史の中で確立してきたシステムだと思っていましたが、
今回話を聞いて驚いたのは、
有名なDスタジオもこのシステムをやり始めて、まだ15年だと云うことです。
しかし、長い歴史の下地があってこそ出来たシステムだと思います。


スケールの大きさは、建築家との連携で、さすがに凄いとは思いますが、
しかし、私個人の考えとしては、そう言う流れには疑問を持っています。
アーティストとしては、画家と一緒で、全て、もしくはそれに近いところまでアーティスト自身が
製作してこそ、魂の入った作品が出来ると思っています。
(古いんですかねえ‥)
しかし、私が携わってるステンドグラスとは別物なんですよね…。
工場作品(製品)みたいで、
私自身、昔から憧れ、魂を打ち込む事を話してくれたアーティストさえ、近頃変わってきてる現状、
寂しいですよね!

ある有名なスタジオ責任者の人が、今回話してくれましたけど、
“シンプルなテクニックが大切、近頃は余りにもテクニックばかりを使いすぎて
作品を壊しているアーティストが多い”
と苦言を呈してましたね。
より素晴らしい作品を創りたいと思うのは、アーティストとして、至極当然とは思うが
自分自身の実力以上のものを、他人の技術に依存するのは如何なものか…と思いますが、
反面、とても興味を持っている自分がいるのも確か、全面否定することは出来ません。

良いか悪いかと論じるより、もうそう言う時代に入って来てると思ったが良いし、
やはり、別なんですよね!

今回のコンファレンスに出席して、自分自身を改めて見つめ直した時、
「ステンドグラス アーティスト」として歩んで来たこの24年間は、
無駄でなかったと思います。
これからも更に確信をもって進んでいきたいと思っています。


投稿者 TT : 11:39 | コメント (3)

2005年03月17日

ステンドグラスへの想い12 (Dancing)

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“Dancing”/喫茶しはら/福岡市博多区/1985


先日、10年来の付き合いがある、月1回のB型会という飲み会に出席。
(念のため、私自身はB型ではないし、ホントは酒があまり飲めないのです。)
ここのところサボっていて久し振りの出席だった(本当は念を圧されて…と言いたいが)
本音を云うと、出席した訳は場所(店)にあった。
この場所は県庁の側にある“喫茶しはら”という店である。
20年前、ステンドグラスをやり始めて3、4年の時に、
その当時親しくしていたインテリアデザイナーの紹介だった。
ご無沙汰していたのと、つい最近、偶然にも女房が店に行ったみたいで、
帰って来るなり、

“しはら”に行ったが良いと思う。 あの当時のあなたに会えるよ…、
すごく丁寧につくってるのが良く解る。

この言葉に押されたのと、たまたま偶然が重なり
自分自身の原点を見る、再確認の為にも無性に行きたくなった理由である。

いやあ…、作品自体20年の時の流れを感じ、
その当時の私自身の技量を思い知らされてしまった。
でも、やはり行って良かった、ホントに良かった。

幼稚さ、ぎこちなさばかりが目に付き、恥ずかしかったが、
逆に、かえって新鮮な気持ちにさせられてしまった。

その当時、あまり仕事が無く、決して高価なガラスを使ってはいないのだが、
テクニックも道具も最低限度の物しか持ってない中で、良くつくったものだと感心する。
作品を目の前にした瞬間、当時の私自身が蘇ってしまい、感慨深いものを感じる…
真剣に、真っ向から作品にぶつかっていった、怖さ知らずでエネルギッシュな当時の姿を思いだす。
特に、ダンスで飛び上がる瞬間の女体の美しさを、どう表現するか? 
最も悩み苦しんだ…。
しかし、絶対にイヤラシさだけは表現したくなかった。
真剣に打ち込む純粋な気持ちと汗、健康的で爽やかな色気を表現したかった。
(ちなみに当時、映画フラッシュダンスが話題を集めてる時だったと思う。)

デッサンに凄くこだわり、何度も何度も描き直し、時間をすごくかけたのを思い出す。
私も、若くてエネルギーやパワーが一杯あった。
誇れるものはそれしかなかった。
良い作品、誰にも負けたくない作品を創る事だけに情熱を燃やし、
何にでも向かっていく、ハングリーで飢えて牙を研いでいた自分がいる。
異常なほど製作に打ち込むばかりに、作品を作り終えた後は、
体力も消耗、エネルギー全てを使い果たし、必ず寝込んでいた。
2週間くらい、何もしたくなくて、ガス欠、腑抜け状態。

SGへの想い1で書いたように、熱くなればなるほど、側に必ず犠牲者が居るわけで、
それが身近な家族であり、一番の犠牲者である女房の言葉は重い。
私にとって最良の理解者だと思う(感謝)。
しかし、きつい辛口の評論…グウの音もでない。

今は多少、年もとったし、若い時程の体力とエネルギーは無くなったかもしれないが、
情熱の火だけは、まだ少しだけは残っている。
前向きにチャレンジだけは、何時でもしていたいと思う。
若い時と違い、力ではなく、いい味がだせる作家に近づきたいと思う今日この頃。
原点を見ることで、見えてくるものがあるのを知りました。


投稿者 TT : 14:25 | コメント (1)

2004年12月19日

ステンドグラスへの想い11

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「ひかりのくに1」/w1600×h1000/ひかり作業所(重度授産施設)/1992

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「天使達の組曲」/w1800×h2100 /南福岡養護学校ランチルーム/1996

私の作品の中では、珍しく異質な2つの作品。
作品との出会いは、いつもドラマがあり、想像以上の驚きがある!
今回、2つの作品のアーティストは障害者の人達です。
私はディレクター…
「ひかりのくに」はひかり作業所(18歳〜60歳)の仲間達の絵、
「天使達の組曲」は南福岡養護学校(肢体不自由児)生徒達の絵です。
ひかり作業所の仲間達との出会い、南福岡養護学校の生徒達との出会い、
さらに「ひかりのくに」・「天使達の組曲」2つの作品との出会い…
すべてが、やはり縁としか云い様がない。
この縁に出会えたことにすごく感謝している。

「ひかりのくに」との出会いは、紹介されはじめて尋ねた設計事務所。
偶然にも、ひかり作業所が法人の認可がおり、施設建設の打合せの最中…
話を聞く内に、私が最もやりたかった仕事に出会えた喜びで、
即、協力をお願いしてしまった。
席上、仲間達の絵をメインに制作する事を約束するが、
後日、作業所の仲間達の絵を見て愕然とする。
下手に触らない方が良い…絵が生きてる!
いろいろ並べてみる、勝手に並べるだけで物語になり、
心に語りかけてくるものがある、新鮮な未知の喜びでした。

正面の帽子の少年は、まこと君の描いた絵、彼は愉しい人の絵をよく描く、
右下の絵は、カニに見えるが、真上から見た、テーブルを囲み作業している仲間の絵、
黒く塗りつぶしてはいるけど、塗りつぶした下には肌色で顔をちゃんと描いている。
わが家から作業所までの道/大好きなチュウリップの花/太陽があり虹もある/
いつも組み立てている洗濯ばさみもある。
みんな作業所に来るのが愉しい様子が伝わってくる。

最初は「ひかりのこどもたち」と名付けようと思ったが、それはこちら側の話し、
ひかりの国から世の中に、いっぱい光りを…と思い
「ひかりのくに」にタイトルはさせて頂いた。


「天使達の組曲」南福岡養護学校との出会いも不思議な御縁だった。
息子の俊輝が通っていた養護学校で、移転新築の最中に、
お世話になってる先生から電話があり、
(新しい校舎に生徒達のためにステンドグラスをお願い出来るか?
学校側には、まだ話してはいないので、どうなるか解らないが…)との話し、
その後、話は立ち消えになったものの、先生の熱意に感じ、逆に協力をお願いする。

ステンドグラスの為に描かせた絵ではなく、日常の授業の中で描いた絵を集めて頂き、
構想を練るため、しばらく仕事場の作業台の上に並べて眺める…
やはり、ひかり作業所の仲間達の絵と同じで、
何の邪気も無く、ピュアな気持ちのままに描いたのがよく伝わってくる。

ただし、ここだけは困った問題が起こる…
当然息子の絵もある訳で、親心として無意識に息子の絵を
大きく描き過ぎるのには参った…(左側に描いてる鳥の絵)
極力抑えたものの、やはりメインに描いてしまった。 ごめんなさい!
中には、かなり重度の子もいる、でもやはり同じ仲間
なるべく1人でも多く入れてあげたい…!
書き殴った線でも、つなぎの線として入れる。
太陽に黒点がある/ウサギがいてネコがいる/ライオンがいる/
大好きなセーラームーンもいる/そして愛し合ってる魚がいる。
みんな仲間達の絵…ひとつひとつの絵で組み立てられた貴重な作品
「天使達の組曲」とする。

投稿者 TT : 16:14 | コメント (0)

2004年11月07日

ステンドグラスへの想い10(宮崎空港2)

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花・トロピカルM/宮崎空港ビルアトリウム/w23000×h3500

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ストレリチア(極楽鳥花)・宮崎空港ビル 3Fサロン w600×h1200

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ハイビスカス・宮崎空港ビル 3Fサロン w600×h1200

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ブーゲンビレア・宮崎空港ビル 3Fサロン w600×h1200


大きなプロジェクトが動き出す、時間をかけ、打合せの回を重ねる…
工事の問題(空港は年中動いてるために休む事は出来ません。)
空港ビルのメインエントランス、まして大理石で出来た吹き抜けアトリウム!
アトリウムの下、いつも沢山の人達が利用する危険な状況の中での工事…
地上25mの所に足場を組むのですから…想像するだけで怖い!
株主総会・役員会と承認を得るために空港ビルの関係者の方々は,
実行のGOサインを出すまで 大変だったと聞きます。
宮崎空港の名物、人気のからくり時計。
時報をつげるシンセサイザーを使った現代的な音楽と共に、高千穂のお神楽を舞うからくり人形…
1時間に一回の出番!
次の出番までの、55分間の時間を埋める使命を与えられたステンドグラス…、
5周年事業の一環として重要な役目を背負う。


宮崎のイメージをどう表現し、市や町や人々をどう表現するか?
宮崎の明るさと暖かさを念頭に、青空をバック全面に表現する、
青空の下、宮崎の特徴を入れてゆく…
両サイドに分かれて描いてる緑の部分は、本当はひとつで
ふたつ合わせると宮崎県の形になっている。
左が北部で右が南部、ようく見ると都井岬もある…、
緑の中、円の集合は人々を表し、
その中の大きい変形の楕円は市の位置を表している。
ただし、北部は殆ど山間部のため特徴がなく、あえて高千穂の町を入れる。
画面の左右横に走っている赤い線は、動脈である国道10号線を表し、
ステンドグラス画面を引き締める役目もあるが、
宮崎県民の情熱的なエネルギーの意味も持たせたかった。

いまだに宮崎の経済人の方々の、心の中に生き続けている
岩崎イズム(宮崎交通の創始者理念)をどう表現するか?

青空を背に、全てを大きく見守る存在感を極彩色のガラスの枠で表現する。

以上の事を役員会に出席して説明する。
滞りなく終わった後、キーマンである重役より、「アトリウムのFixの一部の計画で進めてきたけど
全面をステンドグラスにしたらどうなるか?」と尋ねられる…
当然、一部に入れるより、全面ステンドグラスにした方が良いと思います!と答える。
「解りました。 その前に再見積と全面入れたときの再デザイン画を、もう一度出して下さい。」
やっとデザイン画を描き始めて1年、制作のOKが出る。
何度も足を運び、一つ一つの問題を解決しながら進めるのは大変でしたが、
しかし、やりがいのある充実した1年間でした。

さて、問題は山積みでした。
制作に入るまでの1年間、脳裏を離れなかったのが、実寸の型紙をおこす場所探しでした。
しかし、ラッキーな事にお世話して頂いた会社のビル、ワンフロアー空き部屋があり
そこを無償で借り、フロアー一面に24m紙を敷き、
その上を這いつくばりながらスタッフと2人、2週間かけ描きました。
空調が利いて楽でしたけど、2週間這いつくばっての制作は、膝と腰に正直厳しかった…
それも、今では良い思い出ですけどね!
ステンドグラスの制作日数は、約半年かかりました。
計画からはじめての総制作日数1年半!
思い出深い、充実した1年半でした。

「見る人達が参加できる作品」
長崎電気ビルに関わって以来、私自身の心の中に絶えず消えないであった「見る人達が参加できる」
ステンドグラスとは…?
ここ宮崎空港でも最初に考えたことは、
公共施設と云う場所柄、
どうしたら利用する皆さんが参加できるステンドグラスが出来るだろうか?でした。
しかし、長崎電気ビルと同じ表現方法は取りたくなかったし、現実問題として出来なかった。
なぜなら、宮崎空港ビルではアトリウムの中、地上25mと高い位置にあるため、
見る人達は見上げることになり、バックには青空しか見えない…
面取りガラスの効果が全く発揮されなくて、平面にしか見えないことです。
苦肉の策として取ったのは、メインである花に鮮やかな色を使わず、無彩色(Black&White)
で表現することでした(正直云って、わたしの大好きな表現方法ですけどね)。
見る人達に、好きな色を自由にイメージして見て頂きたい!
想像する事で参加する事に成らないだろうか…(勝手な思いかもしれない)
後日談だけど、当時の社長から最後まで云われたのは
「少しだけでも花に色を付けれないだろうか?」でした…!


※1997年アーキテクチュラル グラスアート誌(英国)に、草場邸と長崎電気ビル
と共に掲載される。
この作品も長崎電気ビルの作品同様、私にとって数少ない代表作のひとつです。


投稿者 TT : 11:20 | コメント (0)

2004年10月20日

ステンドグラスへの想い9(宮崎空港)

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花・トロピカルM/宮崎空港ビルアトリウム/w23000×h3500

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ハイビスカス・カトレア

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ブーゲンビレア・ポインセチア


長崎電気ビルの作品を制作し始めた頃、宮崎空港ビルの仕事の依頼がある。
最初は、2Fカフェテリアの仕事・次に3Fサロン間仕切りの仕事をする。
すべての仕事が終わり、アトリウム天井一杯に広がるFixをみて、
(ここにステンドグラスが入ると素晴らしいのに…、
まさにステンドグラスの為にある窓面だと、心の中で独り言…)
すると後方より、「高見さんどうしたの!」と声をかけられる。
ビックリして振り向くと、空港ビルの社長だった。
最初戸惑ったが、持ち前の図々しさで、心に思ったことを正直に話した。
その時はそれで終わったのだが、後片付けも終わり、挨拶をし帰ろうとする私を社長が呼び止め、
(さっきの話だけど、具体的に どうなるか解らないが、一応ステンドグラスを入れたらどうなるか、
企画書とデザイン画を出してみて!)
エッ! こんな展開に成るとは…、ごく普通の立ち話しだっただけに驚きでした。

最初の依頼は、Fix全面ではなく、Fixの中央1/2部分だけでした。
余りにも大きな窓面でしたので、予算も考え一部の窓の計画から始めました。
(宮崎市は、花がいっぱい咲いてる街がコンセプトです! 空港の敷地の中にも
たくさんの花が咲いていますので、この花をテーマにデザインお願いします!)

前回の長崎電気ビルと違い、今回はテーマを提示されました。
長崎の重く心痛めるテーマと違い、
とにかく私には、宮崎のイメージは温かくて光りがいっぱいの青空…という印象、
前回と180゜違う正反対のイメージでした。
同時期に、両極端のテーマにチャレンジ出来るのは、難しいけれど幸せな事かもしれませんね!
ただ、デザインに取り掛かる時考えてたのは、
長崎電気ビルの時同様、「見る人達が参加できる作品」と言うことだけでした。

空港の敷地に咲いてる花…、まずハイビスカスにカトレア、
宮崎空港のメインの花ブーゲンビレアにポインセチアと順に描いていく。
宮崎のイメージをどう表現しようか?
市や町や人々をどう表現しようか?
新婚旅行のメッカだった観光宮崎を全国に知らしめ、いまだに皆さんの心の中に生き続けている
岩崎イズム(宮崎交通の創始者理念)をどう表現するか?
長崎とは大違いの悩み、盛り沢山過ぎてつぶれそう…本音です。

でも、大変だったけど何故か楽しくデザインできました。
とにかく宮崎の青空のように楽しもう…、苦手の花も楽しんで克服。
レイアウトができ、いざ彩色で突然筆が止まる!
バックを仕上げ、最後花の順番になって、どうしても色を付けたくない衝動にかられる。
よし、花だけはモノトーンで表現しよう…そして花の色は見る人達に入れて貰おう。
やっと納得いく絵が出来上がる!

次の打合せの中で、
デザインは良いけど、しかし実際に出来上がった状態が想像出来ない?と疑問の声
実際に原寸で絵を描いて見せて欲しい…、
できればその中の一枚、実物を創って見せて頂きたい…との言葉。
エッ!まいったな…、大変なことに成ってしまった。
しかし、ここまで来た以上、後戻りは出来ない。
解りました、実寸で絵を描きましょう、Fix面に貼って実際に見て判断して下さい!
地上25m吹き抜け、高所恐怖症で怖いけど仕方がない。 
2ヶ月かけて、実寸のサンプルと絵を描き上げる。
空港の業務が全て終わった深夜、現場に上がり、寝ないで朝一番の打合せに間に合うように準備する。

それでも、社長や幹部の方々を納得させられず、
あーでもない、こうでもないと話し合いが続く…、何度続いただろうか?

              次につづく

投稿者 TT : 16:44 | コメント (0)

2004年09月03日

ステンドグラスへの想い8(長崎電気ビル2)

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CREATION=Heaven(天の創世)/w2500×h7000 /1994/1F玄関ロビー

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CREATION=Nature(地の生々)/w2500×h7000 /1994/1F玄関ロビー

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CREATION=Jubilant(歓喜)/R900/11Fラウンジ

縁があればあるほど、デザインへのプレッシャーは重い
相変わらず、デザインのスタートは苦しく辛い…
頭の中や心の中は台風が吹き荒れ、パニック状態が続く
逃げ出したい気持ち一杯、描き出す切っ掛けに出会えるのをひたすら待つ…


長崎の文献を探し、長崎の歴史を調べる。
余りに重い、本当に重すぎる現実を知る、目を背けたくなる現実…
小学校で学んだ事と現実のズレを知れば知るほど?マークが増える。
小学校の授業で先生より「原爆の後には、5、60年草木も生えない」と教わった。
そのわずか数年後、修学旅行で行った長崎は、私達が住んでる町と全然変わらず、
平和祈念像も原爆資料館も大浦天主堂もグラバー邸もあった。
教わったとおりであれば、荒涼とした荒れ地でなければ成らないはず…
子供心に不信感と疑問を感じた。

小さな漁港の村、日本の歴史の中でこれ程、翻弄された場所が有っただろうか…
外に開かれただけで、キリシタン弾圧、明治維新、開国の渦の中
色んな事がこの街で起こったのだろう…
しかし最後のだめ押しは、余りに酷すぎる!
何を描けば良いのだろう…か、ホントに迷う。
ちょうど、その時、尊敬している恩人より、ヒントを貰う。

長崎を復興した市民の方達に、エールを送りたい、エールを送る作品を創ろう!
精神性を込め、壮大なテーマ、物語を描くことに決める。

ひとつは神を象徴する絵を描きたい!
神を光りとして表現、至上の光り、荒れ果てた大地、不安と絶望の中、一筋の光りがさす…
一筋の光りから、段々と幾重もの光がさし、見る間に地上に光りのシャワーとなり降り注ぐ、
不安と絶望に打ちひしがれた人々を、光りは輝き優しく包み込む…
物語が勝手に出てくる…、何だろう?  
戸惑いの中『天』/Heaven(天の創世)の絵ができあがる。

もう一つは、生命の再生を描きたい!
荒れ果てた大地に降り注いだ至上の光り、
全てが破壊された無の世界、瓦礫しかない褐色の山や野、川や海に小さな生命が息吹き、
やがて山や丘や野には緑がもどり、あらゆる生命が地上にもどる。
まるでノアの箱船のように… 
『地』/Nature(地の生々)ができあがる。

最後に、完結として人々の喜びを描きたかった!
復興の後にくるのは何だろう…
汗にまみれ、涙 にまみれ、
苦労して死にものぐるいで復興を果たせた時に来るものは、
自分たちで再生した無上の喜びではないのか?
生きてる証を実感できる、心の底から湧き上がる喜び…
最後に『人』/Jubilant(歓喜)ができて、『天、人、地』がまさしくできあがった。

こうして出来上がった作品、私の勝手な物語だけど…
描いてる途中、何度も考えさせられた。
原爆を落としたのも人間、過酷な条件の中、再生を果たしたのも人間!
今現在、まさにこの青い空の下で行われている、悲惨な出来事の数々
心が痛む…!
復興にかけた長崎の人達の凄さ素晴らしさには、本当に頭が下がる。
何処まで描き切れたか解らないが、この電気ビルの地は爆心地と言われ、
この場所には女子社員寮があり、沢山の方達が亡くなったと聞く…
私ごとき何もできないが、この方々の冥福を祈り、
鎮魂の意味を込め、精一杯気持ちを入れ、創らせて頂いた…!

もう一つのテーマ、見る人が参加できるステンドグラス!
(ベベルグラスを透して見える風景、動くと風景も屈折して動く小さな発見)
子供たちが発見してくれると嬉しいのだが…

創らせて頂き本当にありがとうございます!
心からお礼を云います。

あなたの代表作はどれですか、と問われたら、私はこの作品をあげたい。

投稿者 TT : 23:37 | コメント (0)

2004年08月19日

ステンドグラスへの想い7(長崎電気ビル1)

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CREATION=Heaven(天の創世)・Nature(地の生々)/ w2500×h7000
長崎電気ビル正面玄関ロビー / 1994

現在までに創ってきた作品のひとつひとつに、想い出やドラマがたくさん有ります。
そんな中に「縁の仕事」が有ります。
「縁のある仕事」、今までに創ってきた作品全てが縁のあった仕事ですが、
追いかけなくても、無理をしなくても来る仕事、縁のある人でしか創れない仕事は
不利な条件の中でも制作者の意志の通る仕事です。
逆に、無理して取る仕事は、大きなリスクを背負い込ま無ければ成りません。
辛い仕事です。

長崎電気ビル(九州電力)のこの仕事は、私にとって「縁の仕事」でした。
私の所に依頼があったのは、ステンドグラスの大きなプロジェクトが長崎であるらしい…
と噂を聞いて、しばらくしてからでした。
地上11階建てのビルは、基礎工事は完全に終わり,
1階フロアーができ2階部分に掛かっている時でした。
計画からかなり時間が立ち、進行途中で依頼があるのは、小さな物件では良くありますが
大きなプロジェクトでは大変珍しい事です。
最初、信じられなくて、“何で…?”でした。

大手ゼネコンの担当者より頂いた、その当時珍しかったCGで作成されたコンセプト。
各階のカラーや家具類、仕上げ等の他に、ひとつひとつ、テーマに沿って綿密に計画されてました。
正直、とんでもない仕事を受けてしまった…、うれしさよりも怖さが先でした。
怖さは、その後、出来上がるまでの一年全く消える事は有りませんでした。
しかし、デザインに取り掛かって悩みました、何を描こうか、何を描いたら良いのか全く解りません。
相手側からは、「長崎市の花や県の花、長崎に関わる歴史的な話し」が有りましたけど、
私の中では疑問でした。 

ご存じのように、歴史ある長崎の町はステンドグラスに溢れています、
ステンドグラスのメッカとも云える町に、「何をテーマ」に描けば良いのか?
悩んだ末、私の中で出した結論は、
「何で高いお金を使って、観光ポスターを創らなければならないのか、もう長崎では充分だろう!」
打合せの会議の中、オーナー、建築家、ゼネコン担当者の前で、
「観光ポスターみたいなステンドグラスは創りたくありません。 
私としては精神性を込めた作品を制作したい!」と生意気に云ってしまい、
受けいられるか、駄目と一括されるかとビクビクでした。
すぐすんなり「是非それでお願いします」との回答、本当に意外でした。 
すんなりと受け入れて貰えば貰ったで、大変なプレッシャーでした。
最初の計画では、ステンドグラスは玄関正面ではなく、サイドに位置してました。
設計図と完成図をみてもピンとこなくて、何度も話し合いのすえ、
正面玄関に決定した時は、「よし、これで良い」心の底から俄然燃えてきました。
「縁の仕事」なんですね、全てが良い方向に進んでいきました。
何故か宿命みたいなものを感ぜずにはおれませんでした。


次にデザインのコンセプトを書きたいとおもいます。

投稿者 TT : 22:59 | コメント (0)

2004年07月23日

ステンドグラスへの想い6 (夢祠の虫編)

mushi018.jpg
title:「夢祠の虫」/1990   九州グラスアート展’90(日本グラスアート展)・優秀賞受賞


前回〈SGへの想い5〉の「zen」で、作家として何が大事かを教えられた。
自分自身をギリギリまで追い込み、力んで絞り出すように作品を描き、創ることが決して
良い作品を生まない…
作家として当然, 心の葛藤はある、そんな中でも自然体の自分でいられたら、肩の力を抜いて
自分自身に素直になれたら…と考え始めた切っ掛けになった作品でした。


切っ掛けから確信へと繋がり、私自身を人として、それ以上に作家として大きな変化を
与えてくれたのが、この「夢祠の虫」の作品です。
私にとって、ターニングポイントになった、貴重なかけがえのない唯一の作品だと思っています!
この作品は、当然公募展に出す以上、力を入れた作品ですが
でもそれ以上に特別の感情を抱いて制作した作品です。


このBlogの中でも、書いているように、私の息子は難病の筋ジストロフィーでした。
息子の病気が解ってから私達家族の生活は一変しました。
生き方、考え方、日常の生活、行動範囲全てで変わらざる得ませんでした。

女房の全ては母として彼の為にあり、父親の私が入れる状況に無いと言うより、
入れなかったと云った方が正しいかもしれません。
でも、父親として我が子に何かしてあげたい…、
母親の真似は出来ないが、父親として何が出来るだろうか? 毎日考えました。 
しかし、私の出来ることと云ったら一つしか有りません!
ステンドグラスを創る以外何の取り柄も有りません…

私は無性に彼の為に、衝動的に作品を創りたくなり、
息子が大好きな「虫」を題材に創作しょうと思いました。
私のスケッチブックに、ボールペンで落書きしていた虫の絵が、とても魅力的でした。
彼の虫(我が工房のロゴマークになっています)を中心に、
つたない親父の虫達を絡ませ、ちょっと遊び心を入れ制作しました。
この作品の制作中は、本当にとても楽しかった…、私自身、いっぱい虫達と会話しました。


親父から息子への、はじめてのプレゼント作品。
其処には理屈は有りません、理論も理由も有りません!
ただただ、彼への想いだけでした。
上手く描こうとか、テクニックとか、他人の目とか全く意識しませんでした。
私にとって初めての事です。
感じるままに描き、創作した作品! 
他に何が必要でしょうか?
誰でもが生まれながらに持ってるピュアな素の部分、内面に温かく湧き上がってくる衝動…、
愛おしくて愛おしくて、ひとつひとつ丁寧に愛情を込め創る…
これが、最も大事なことだと学びました。


本当に、かけがえのない宝物を初めて手にした感じです。
この時以来、私は作品に対する姿勢や1人の人間としての考え方が変わりました。 
感じる作品を創っていきたい、味わう作品を創っていきたい、
心に温かく優しい余韻を残せる作品を常に創っていきたい。
夢はいっぱい広がります。 
理論や知識で作品は創りたくない…
、これが私の本音です!
理論や知識を決して否定はしません、学んでいく過程で大事なことです。
しかし、湧き上がる感情や想いに、理論・理由は要らないと思います。
何故か其処を越えたところに、答えが有るように思えてなりません。
私自身の美学、内なる私自身との対話、素直に行動できる私を見つける事が出来たら
素晴らしいことだと思います。


  

投稿者 TT : 00:16 | コメント (0)

2004年06月04日

ステンドグラスへの想い 5(ZEN編)

zen.jpg
「ZEN」A氏邸 茶室(1988)

この作品は、私の作品の中でも印象深い作品のひとつです。
ステンドグラスを始めて約5・6年経った時巡り会え、
その後の私に、色んな意味で影響を与えてくれた作品です。

その頃、和(日本)風に興味を持ち始めた時で、
伝統的な家屋、畳の部屋にコンテンポラリーデザインのステンドグラスを入れたい、
それもモノトーン(Black & Whit)で表現したい…、さらに和の空間の光りとは…?
障子に映る影の演出が出来ないか…と前々から思ってました。

タイミングよく、親しくしていた建築家から、
今度、略式の茶室にステンドグラスを提案したいのでデザインを描いてくれと依頼。
想いが通じた喜びで、約一ヶ月間はまってデザインしました。
しかし、想いが強過ぎると過剰に意識してしまい、デザイン画がなかなか描けません。
毎日明け方までデザインと格闘、 出ない…アイデアが出ない…!
絞り出そうにも出せない、生む苦しみ…、 焦りました! 
焦れば焦るほどデザイン画が描けませんでした。
辛い苦しい…!  約束の日は迫る!
身体はクタクタになり、情け無い事に限界を感ぜずにはおれませんでした。
明日が期日、気に入るデザイン画が描け無い…
身体の疲れもありましたが、それよりも精神的な疲れの方が辛くて
つい弱気になり…
もういい、仕方が無い! デザイン画は気に入らないけど、明日持って行こう…!
つい睡魔に負け、2・3時間寝てしまいました。
突然夢の中にモノトーンの“円のデザイン”が浮かび、
喜び一杯 “できたあ…!”と飛び起きると、それは夢でした。
興奮が冷めない内に…、そして消えない内に…、リアルに映ってる内に
工房に飛んで行き、いっきに20分位で描き上げたのが、
この作品「ZEN」です。

この時私が学んだことは、想いが強ければ強いほど、力んで作品を創るのでなく、
自然体、肩の力を抜いて自分の心に素直に答えることが大事を学びました。

この作品は、
1991年「ワールド・グラス・コングレス1991ショー」(アメリカ・ダラス会場)
に於いて作品紹介される。 
その時会場に来てた、建築家やアーティストやデザイナー及びプロデューサー達等から、
「ZEN」は、東洋的でお前のオリジナル作品だと云われたのは、とても嬉しかったし、
その後の、ステンドグラスを続けていく自信に繋がりました。
また、この事が「アーキテクチュラル グラス アート」の本に載る切っ掛けでした。


投稿者 TT : 23:51 | コメント (0)

2004年05月09日

ステンドグラスへの想い 4

081.jpg
第2回 ’84 日本ステンドグラス・グランドショウ出品作品


教室が、一般の人達にステンドグラスを普及させた功績は大きい。
しかし、古いデザインが良しと言われた時代に、
外から(黒船かな…)新しい波が押し寄せて来た。

『New Glass』、この本を手にした時は衝撃でした。

その当時、この本に刺激された人達は、本当に多かったと思います。
日本のコンテンポラリーデザインの幕開けでした。
古いデザインに食傷気味だった感性の鋭い人達が、一斉に飛びついたと思います。
その後、1983年に西新宿超高層野村ビルで開催された公募展、
「第1回 ’83日本ステンドグラス・グランドショー」に現象として現れたと思います。
これはカルチャーショックでしたね!
日本のステンドグラス業界を、根底からひっくり返したと云っても、過言ではないでしょう。
『New Glass』の波が実際に形になったのですからね!
会場には、言葉では言い表せられない、熱気を強く感じました。
日本中のクリエイティブな、感性鋭い若い人達が、新しいデザインや、
実験的な試みの作品を多数出展していたのですからね! ショックでした!
正直云って、焦りましたね。 
その中でもS氏の作品には脱帽でした。

この時程、福岡の地が遠過ぎると痛く感じたことは有りませんでした。
次(来年)こそは、この人達に負けない作品を創りたい、そして一緒に展示したいと
しみじみ思いましたね。
展示する事だけは、叶えましたけど、前者のことは、疑問ですね…?
でも、その後、目指すものが、目標としてはっきり私の中に芽生えたのは、
今思うとこの時でしたね。
あの時のショック…、やはり忘れられないですね!

上記の写真が、翌年のグランドショウに出品した作品です

投稿者 TT : 23:46 | コメント (0)

2004年05月04日

ステンドグラスへの想い 3

日本でのステンドグラスの歴史に、時々思うことだけど、
明治時代に最初入ってきたことは、書物等に皆さん書いてるので解っている。
西の宇野澤組、東の小川三知氏から始まったと言われる。
門外不出だった技法、徒弟制度の閉鎖的な工房の永く続いた中で、現在のように教室として
一般にまで広まってきた原因は…?
意外と、書かれた事がないし、関係者の皆さんは言ってきて無いように思う。
ベルリンの壁が崩壊したような事が、ある時期ステンドグラスの世界に
何かが起こった事は確かである。
私だけが知りたいのかな…!  何千、何万のステンドグラス人口がいる現在、
教室の創世記を知らない人達が増えてきた以上、残し、知らせる責任が有ると
思うのは僕だけだろうか?
30年前、名古屋から産声があがった新しいステンドグラスの波。
ガラスも限られたルートで、限られた種類しか手に入れる事が出来なかったと聴く。
ガラスをもっと自由に手に入れたいと…手探りの中、アメリカから直接輸入する
ルートを見つける、後で知ったのは、そこは普通の個人の工房(スタジオ)
だったらしい。
今では、笑い話で済まされるが大変な苦労だったと思う。
そして、日本に無かったステンドグラス教室へと進む道…、
この事はとても大きい意味を持つ、業界の歴史を塗り替えた出来事だと思います。

投稿者 TT : 23:15 | コメント (0)

2004年04月29日

ステンドグラスへの想い 2

飢餓状態だったから、見る物、聴く物、全てがうれしくて、なんでもかんでも
ステンドグラスに結びつけ、吸収する事のみに全神経を使っていました。
失敗ばかりの毎日、ぶち当たる壁、落胆の毎日…、
しかしある時、その事が大きな財産に成っている事に気付きました。
失敗やぶち当った壁が、次の作品での師匠でした。
残念ながら、後で気付くんですよね。 その時気付いていれば損しないで、
無駄なエネルギー使わなくてすんだものを…
いくら投資すれば気が済むのでしょうか、未だ懲りずに投資ばかり、情け無いですね!

もし優秀な先生について学んでいれば、もっと早く知ることができ、会得できた事が
一杯有ったでしょう…、悲しいかな独学だった為、時間が掛かり過ぎました。
でも幸い、だったからこそ気持ちの入った独自の心象風景を描くことを学びました。
今思うと、何が幸いするか解りませんね。
私の基礎を造ってくれた、とても貴重な体験でした!

素晴らしいデザインでも、通り過ぎて、印象に残らない作品では創る意味が無いと思います。
素朴でも、つたない作品であってもいい…、
人々の心に、いつまでも優しく、楽しいメッセイジが残る作品を創りたい!
素の心、ネイティブなまま、ピュアにステンドグラスや人に関われたら素晴らしい…!

投稿者 TT : 18:51 | コメント (0)

2004年04月19日

ステンドグラスへの想い 1

ステンドグラスと関わって、23年になる。 もう23年、まだまだ23年…。
あっと云う間に過ぎた時間、振り返ると、ステンドグラスに対する自分自身の考え方や信念、
それに想いが, 微妙に変化してきた事を感じる。 
状況に応じて変化せざるを得なかった事もあるが、たえずこの道に関してだけは
前向きにプラス指向でやって来た自負がある。   
悲しい事、辛い事、投げ出したい事、あげれば切りが無い…、
しかし、それ以上に喜びや、楽しさ等、幸せを一杯ステンドグラスから頂いた。 
現在は、人間として大きなプレゼントをいただいたと思う。( 感謝しています)

思い返せば最初の頃、欲望に涸れ、負けて堪るかと唇を噛みしめながら、若さだけで夜遅くまで
身体を酷使、でも現状は厳しく、仕事の無い日々、貧乏のどん底、自分の悪さは棚に上げ、
自分だけが正義の顔をして、 誰彼無く食って掛かっていた私がいる。
よく喧嘩もしていたし…、 憎たらしくて、青臭い、とても喰えない男だったでしょうね。(反省) 
その当時を思い起こすと、私が作品に描いていたのは、欲求不満の心象風景でした。 
ただただ、正直な想いを力一杯ぶつけたかったし、過酷な状況の中で、
唯一、私自身を表現し、吐き出す事がバランスの取り方だった様に思います。 
今思えば、決して良い姿 だとは思いません。  

夢、見果てぬ夢だけが、ただ当時の私を支えていました。 
デザインや技術を磨く事、ステンドグラスの世界での地位を得る事だけを自分勝手に考え、
傷ついてる人が側にいてこそ成り立っている事など、露程も考えていませんでした。
エゴの固まりで本当に恥ずかしい話です…! 
今思うと、自分の事以外、何も見えていませんでした。
その当時、歪んだ負のエネルギーだけが、活力だったんでしょうね。


投稿者 TT : 14:59 | コメント (1)